その人は美しい人だった。月を背景にしたらもっと綺麗で美しくて。庭の花達がよく映える人だった。 その人は、妖だった。 その人決まって夜、皆が寝静まったころにやって来た。美しい黒髪を揺らして、柔らかい笑顔を引っ提げて。 そのたびに、喜んだものだった。自分の立場を、忘れて。
初めて会ったのは、いつだっただろう。
「鯉伴、また来てくれたんだ!」
「おぉ。指切りしちまったからなぁ」
幼い顔に笑みを浮かべて歩み寄ってきた名前を抱き上げる。さらりと名前の髪が揺れた。 鯉伴は妖で、名前は人間で陰陽師だった。それでも初めて会ったとき、彼女は滅するだなんだとは言わず、ただ不思議そうに来たら危ないよ、と鯉伴に言った。恐れることもなかった。 だから興味を引かれた。 彼女にリクオの話をすれば会いたいだとか、可愛いだとかよく笑っていた。 まだ幼いから無理だと言えば、残念だと、やっぱり微笑して、文句を言わずに引き下がる。 微笑はよく似合っていた。 子供らしくないと思った。それでも、笑ってくれるなら、いいと思った。
「鯉伴、今日はなんの話?」
「なにがいい?好きなやつ話してやるぜ?」
「えー、じゃあね…今日は私が話してあげるよ。私の家族の話と花の話。どっちがいい?」
「家族の話は聞いたからなぁ…花の話で頼む」
「いいよ!」
名前はよく舌が回った。もちろん、同い年の人間に比べたら、だが。それでも饒舌な方だった。 彼女は花の話が好きなようで、どこから得ているのか花の花言葉だったり時期だったりをよく話した。たまに付いてくる俳句、和歌は鯉伴の楽しみでもあった。あの花のこと、以外は。
「今日はね…山吹。山吹にしようかな」
「…山吹、か」
「鯉伴?嫌だった?」
「違う。ただ。懐かしかっただけだ」
哀愁めいた表情に彼女は目を瞬かせてから、スッ、と伏せた。そして、嫌なんだね、と。
「山吹は、鯉伴にとったら好きだけど、嫌なんだね」
鋭い言葉だった。 目を見開いた鯉伴に名前はただ笑みを向けていた。柔らかい、微笑だった。する、と小さな手が鯉伴の頬を滑った。
「私はね、呪われてるんだ。どっかの狐が呪ったって」 「名前?」
「だから、私は呪いが移らないように、笑ってるの。言葉で移らないように。もし、今鯉伴に私の呪いが移っちゃったなら、取ってあげるから」
次いで、くっつけられた額。じんわりと熱が伝わってくるようだった。 …なら、必要ない。 鯉伴はその額をゆっくり話した。見えたのは名前の不思議そうな顔。 その顔に笑顔を向けてやる。
「移ってねえよ。それにな、俺はもう…呪われてるからな。なぁ、名前」
「なに?」
「呪われてるやつに呪いが移ることはない。だから、安心しろよ」
それでも。優しいお前から移った呪いなら、きっと優しい。 だから、いとおしい。
まぼろしでも確かに美しかった
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