たんっ、たんっ、とコンクリートを鳴らす軽快な音に名前は口角をゆるりと上げた。そこそこ高さのあるフェンス越しに目の前の青色に呼び掛ける。
「あーおーみーねーくんっ」
「…日向サンじゃん」
「そうそう、日向サンですよー」
ひらひらと手を振りつつ、からりと笑えば、目の前の青色もまた同じように笑った。眩しいくらいの笑みに思わず目をやんわり細めた。黒子は彼を光だと比喩したけれど、あながち外れてない。
ストバスは珍しく人気がなく、青峰とブロック塀に座る名前だけだった。 いつも賑わう、というほどではないにしろ、そこそこ人がいるのを見慣れているせいか、まったくといっていいほど静かなコンクリート上は妙な気分になる。
春にしては暑いくらいの気温だったりが関係しているのかもしれないが、天気予報なんてなかなか見ないし、理科だって得意ではないからよく分からない。ただ燦々と輝く太陽と真っ青な空と、その下にあるそんな空より深海を思わせる深い青があることだけが、分かっていた。
青峰がよくここに来ることは彼と同中であり、幼馴染みらしい桃井から聞いて、たまにふらりと立ち寄ってみると本当によくいた。 おそらくは、学校をサボって来ているのだろう。それには苦笑するしかなかった。 とにかく、そんな経緯で彼らはなんとも言いがたい関係だった。
ここから誠凛は近いのだから来ればいいのにと何回かすすめたことがあったけれど、彼が少し悲しげに笑うものだからあまりすすめなくなった。 代わりに、よく青峰のバスケを見るようになった。 話すより、彼のことが分かるようで。手に取るようにとまではいかないけれど、それなりに試合はやってきたし、いろんな選手を見てきたからなんとなく分かる。
でも、口に出したりはしない。馬鹿みたいな話じゃないか。自分より一枚どころか三枚四枚は上手な人間に教えるなんて。なんていうのは屁理屈のようなもんで。ただ単に青峰のバスケというのを見ていたかった。
あり得ない角度や距離、位置からのシュート、理屈なんかないような、そんなモーションにはほとほと感心するしかない。どうなってんだか。 でも、楽しそうじゃなかった。むしろ、寂しそうな気がして、やけに目を引き付けられる。
例えるなら、たった一匹の獅子、だとか。 彼の傍には何かが足りなかった。それはきっと本人も分かってるんだろう。 もう、埋めようのないことも。獣は勘がいい。
「日向サン」
「あ、終わった?」
降ってきた声に視線を上げればけっこう離れた高さに頭があって、やや鋭い青峰の目が見下ろしていた。
「ちげぇけど。あんたの視線が痛くてよ」
「え、まじ?ごめんね。邪魔する気はなかったんだけど」
「…構わねえけど」
「え、怒んないでね?怒んないでね?…っていうか、いつもそんなに気にしてたっけ?」
青峰はいつも気にしなかったよね、と溢せば青峰はバツが悪そうにそっぽを向いた。 そして、一言。
「あんたが、変な顔してたから。目についたんだよ」
「あー…なるほど、ね」
指摘され、合点がいく。 先ほど考えていたことが顔に出ていたんだろう。 今度は名前が顔を逸らす番だった。 落ちる沈黙が痛い。 というより、青峰に沈黙されるのが慣れない。
いつの間にか青峰が横にいて、ブロック塀に寄りかかっていた。青峰は立っていて、名前は塀に座っているのに身長が大差なく。高いな、と他人事のように思った。 また、沈黙。
そんな沈黙に耐えきれなくなったのは、名前の方だった。
「…ねぇ、青峰くん」
「あ?」
「バスケ、今楽しい?」
「何言ってんだよ、あんた」
「変な質問なのは分かってるんだけどね?青峰くん見てると寂しそうでさ……黒子がいないと、やっぱり変?」
我ながら、意地の悪い質問だと思った。青峰は訝しむような顔をしているんだろうかと恐る恐る横を見れば、意外にも青峰は仰々しい顔はしていなかった。
「……まぁな」
「素直だね、今日は」
似合わない小さな声に苦笑して青峰の横に立った。身長差が明確になったようで少し残念だけれど、見上げる青峰の横顔は新鮮に見える。青空にさえ負けない青色も、焼けたように黒い肌も。全部。 ─太陽みたいだ。 横にいるだけで存在を誇示できる。圧倒的な存在感。そう言いたかったのに、それがあんまり綺麗だったから。何も言えずに、ただ。
「日向サン、なんか奢ってくんねぇ?」
「え」
「いいだろ?」
こちらを向いた、さっきとはうって変わったいたずらっ子のような、幼い笑顔。そんな顔もできるんだ、と呟けば彼は小首を傾げただけだった。
「…青峰くんは笑ってた方がいいね」
「なにしてんだよ」
思わず頬に伸ばそうとした手はやすやすと青峰に掴み取られた。残念。 青峰は笑っていた。
「あんたは何してても変わんねーけどな」
「減らず口を。奢らんぞ?」
「悪ィって」
もし。 横に、黒子がいたら笑っていただろうか。こんな彼を見て。 辛いだけだろうか。 でも、でも、なんとなく。並ぶ空と太陽を見てみたかった。
青峰くん そう呼ぶ声が欲しかった。微笑が欲しかった。 そしたら、きっと。
「強がりばかりしたら、ダメかんね?」
「してねーよ」
私じゃ太陽には触れられない。 眺めるだけだ。 ふと、財布を探すために突っ込んだポケットの中で触れた携帯電話で彼を呼んでやりたくなった。 強がりばかり、してるなって叱ってやってよ。黒子。
音のない炎天下
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