祓 | ナノ
47.その男、否定


「お前酷い顔してんぞ」

「…シュラか」

騎士團支部内で偶然に会ったシュラにそう言われ、龍夜はそうだろうなと内心一人ごちた。

酷い顔、しているだろう。疲れているのだから。京都であの悪魔を祓ったとはいえ、いつまた似たようなタイプの悪魔が現れるか分かったものじゃない。どう祓ったか等の対策を分かりやすく書かなければならなかった。

報告書だって結構頭を使わなければならなかった。
別に、報告書を書くことに馴れていないわけじゃないが、任務後というだけあってかなり時間がかかった。否、理由はそれだけじゃない。
あの悪魔のことを思い出すのは、何かと心に負担になっているから、だろう。

龍夜はそんなことを思いながら、シュラに大丈夫だと返す。だが、シュラには見破られてしまった。それもあっさりと。

「嘘だな」

「は?」

「大丈夫になんて見えねーよ。つうか、お前ヴァチカンにだって呼ばれてんだろ?そのまま行ったらぶっ倒れるぞ」

ヴァチカン
その単語に龍夜は眉をひそめた。ヴァチカン、誰が好き好んで行こうと思うだろうか。できれば行きたくない。昔、働いていた場所だとしても、だ。
あそこは好かない。今の聖騎士も、三賢人も。
…まぁ、今は関係ないことだが。
今はシュラをどう切り抜けるか、だ。
龍夜はシュラと目を合わせる。そして、言い詰まった。

シュラの目は珍しく本気そうに見えた。シュラという人物は基本、戦いの時には頼りになるのだけど、あまり深く人を気にしない。するときはするが、滅多にないことだ。
ー今、龍夜はその滅多にない状況に直面している。

つまり、逃げられない。
逃げようと思えば逃げられるかもしれないが、妙に躊躇われた。考えるに、シュラからの威圧感。妙なところで姉弟関係が浮き彫りになる。
シュラが蛇とするなら、龍夜は蛙。まさにそんな状況。
…そんなに休めと?
そう龍夜は思ったが、シュラの真意は違う。

ただの心配だ。他意はない。

メフィストやエンジェルを含め、騎士團にとって龍夜やシュラは手駒でしかない。他の祓魔師もだ。
だが、少し違う。
龍夜は、武器に近い。だいたいの祓魔師が悪魔を祓う武器と言ったらそれまでだが、祓魔師は兵。武器、ではない。けれど龍夜は身を捨てて戦う武器に近い。似ているようで、違う。
龍夜は、他より死に近い。と思う。

悪魔と人の間の子は人より丈夫だ。それは祓魔師にも珍しくなく、いる。
けども、龍夜はメフィスト曰く混じりけのない人。それでいて悪魔のような本能があり、どこぞの混じりけより悪魔に近く見えたとメフィストはシュラや藤本に言っていた。純粋な悪魔の彼が言うのだから、間違ってはいないのだろう。だが、それを話すメフィストの表情は至極愉しげで。

ーー明らかに、龍夜を玩具と見ている。直感的に思った。龍夜だけじゃなく燐も、また。彼にはチェスの駒でしかないのだと。

人でありながら、悪魔に近い龍夜。それはメフィストの興味を引くには十分過ぎた。

故に、心配になる。
シュラにとって龍夜は今となっては唯一の家族。



「気を、つけろよ」

「シュラ?」

唐突に発せられた言葉に龍夜は首を傾げる。
だが、シュラは真っ直ぐ龍夜を見据えて、もう一度繰り返す。

「気をつけろよ」

「…どうかしたのか?」

シュラの纏う空気が違う、と龍夜は感じた。
いつもと雰囲気が違う時は、だいたいシュラ自身の中に葛藤が渦巻いていたりするものだ。
話してきたことから考えるに、自分のことかとあっさり悟る。ーいちばん近くにいたひとだから。

…心配かけたいわけじゃない。負担になりたいわけじゃない。
だから。

龍夜はにか、と笑みをシュラに向ける。

「安心しろって。俺はそこまで簡単に倒れたりしねぇし」

「…いつもそう言って、一番自分を誤魔化してるのはお前だろ!」

「!……─かもな。けど、死なねぇ」

龍夜の目が細められる。それはどこか遠くを見据えて。

「昔は俺は無力だった。だが、今は違う」

力を得た。弱くて暴力的な力でしかないけど。
だから、突き放すことしかできないけど。

「ーー戦える」

龍夜は、はっきり告げた。

せめて、手の届くものだけでも守るから






夢のおわり
(とうに終わった夢は消えて淑やかに)


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