祓 | ナノ
34.その男、自覚


早足で出張所の廊下を歩く龍夜。仕事着である祓魔師のコートも着ずに、貸してもらった着流しのままだ。向かう先は達磨の元。本来は別の場所に行きたいのだが、ここは自分の家ではない。許可、というものが必要なのだ。

あの少女の話からして、彼女は悪魔に憑かれている。なぜ魔瘴が出ていないのか少しばかり疑問に思うが、恐らく悪魔の方に関係があるのだろう。
にしても、急がなければ。あの少女は生きている。基本的に悪魔に憑依されると、その悪魔の強さや人間の強さにもよるが、大概の人間は耐えられなくなって死ぬ。魔瘴が出てないにしろ、あの少女の体に少しも負担になっていないことはないはずだ。
それに、このままではここの人間にも被害が出るのは明白。

自分は医工騎士ではないが、ある程度の知識はある。…何より、救えたはずなのに、救えなかったあの頃に戻りたくない。
自己満足だと言われても構わない。ただ、救えるなら救いたい。自分はそこまでできた人間ではないことくらい、分かっていたが。



「達磨、いるか…って」

辿り着いて、障子を開けた龍夜は驚いたように目を見開く。
そこにいた人間が珍しかったわけではなくただ単に驚いただけ。…決して珍しかったわけじゃない。

「お前さん、何してるんや。こないな場所で」

「いや、達磨を探しにな。どこにいるか知らねぇか?蟒」

「和尚?」

「ああ。書物庫の使用許可が欲しかったんだが…」

いないのか。
少しばかり落胆する。
達磨がいないのは別に珍しいことではなくて、彼のことだから舞妓達とでも飲んだくれてるんだろうと容易く想像がついた。よく蟒や八百造の愚痴を聞かされていたわけではないから。

龍夜の言葉に蟒は少し考えたあと、龍夜に付いてこいと言う。その言葉に龍夜は一瞬きょとんとしたが、すぐにその意図が分かり、小さく頷いて歩き出した彼に続いた。

(そういや、蟒も僧正≠ネんだよなぁ)




「ここや。お前さんのことやから大丈夫やとは思うが…」

「分かってる、荒しやしねぇよ」

「…そうやな。」

何かあったら、呼べと伝言を残し蟒は歩き去った。
そういえば、礼を言えなかったなと内心思いつつ龍夜は膨大な量の書物に手を伸ばした。


(龍夜)

何十冊、何百冊かめの書物に手を伸ばしたとき、誰かかそう言った。この場には龍夜しかいない。龍夜はその声に驚くことなく、なんだ、と返す。その声は言った。

(龍夜は、優しいね)

「優しい?んなわけねぇだろ」

(見知らずの人間をそこまでして救おうとする。それを優しさと呼ばずに何と言うの)

ピクリと龍夜の動きが止まる。その言葉に思わず言い詰まる。だが、龍夜はすぐに首を振り、動きを再開した。

「優しさじゃない。エゴ、だ」

(…龍夜は、なぜそこまで己を虐げるの?)

「虐げ?…そうだな。そうじゃねえと自分を保てねぇから、か」

自分が生きる意味。
自分は見知らない咎を背負っていて、それは今まで助けられなかった命への償いで。それが何かへの恩返しなんじゃないかと、思っていた。
でも、最終的によく分からなくなった。償うために戦ってきたのか、救うために戦ってきたのか。きっとどちらもなんだろうけど。

「結局、居たくて居るんだけどな」

けど、仲間が増えて、そこに居たいと願って生きる自分がいつの間にか形成されていた。

「依存と言われれば、それまでなんだが…」

(…人間など、そんなものでしょう?)

「そうだな…暴」

その言葉にどうしようもなく、笑った。
依存したって構わないから、居場所があるという幸せを噛み締めたいのです。





忘れようとする度思い出す
(仲間という希望を)


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