閑話.その男、孤独 死にたい。嫌だ。怖い。誰か、助けて。死にたい。死にたい。 よく譫言のように繰り返されるそれは幼子にはあまりにも不釣り合いで暗く重い言葉だった。龍夜はよく寝ているとき、それを繰り返していた。まるで何かに助けを求むように宙に手を伸ばし、その手は空を掴む。きっと、彼の手を取ってくれる暖かな存在はいないのだろう。 「龍夜」 不意に呼び掛けられ、龍夜は薄らと目を開ける。そこには龍夜の手を掴み、こちらを見下ろす自分を拾った人間。龍夜は呆然とその人物を見上げ、ゆっくり言葉を紡ぐ。 「…獅、郎?」 藤本獅郎。 そう呼ばれた彼は笑みを浮かべたまま龍夜の頭を撫でる。それは酷く安心感があり、龍夜は目を細めた。そして握られた手の温度を確かめる。暖かい。いつの日からか、恐らく藤本に拾われた日から、龍夜の手にはこの温もりがあった。あの荒みきった場所にはなかった確かな温もりが。 「落ち着いたか、龍夜」 「ん。……なあ、獅郎。」 藤本の言葉にそう返し、逆に問いかける。 「なんで、俺は一人なんだろうな?」 この手を握ってくれるはずの人はいなくて。藤本がいなかったら、一生なかったかもしれない。なんで自分にはいないのか。温もりを与えてくれるはずの「親」という存在が。 虚しいよ、寂しいよ。ねえ、なんで?なんで俺だけ、ひとりぼっちなの? 再び零れ出す涙に藤本は表情を歪める。 この子は、哀しい。 なんで、なんでだよ、と泣きじゃくる龍夜を抱き締める。とたんに龍夜は固まり、藤本を驚いたように見る。 「獅郎?」 「龍夜、お前はひとりぼっちなんかじゃない。俺やシュラだっているだろう?…お前はもうひとりぼっちじゃない」 言い聞かせるように言えば龍夜は小さく頷く。 龍夜が孤独に敏感なことは彼の手を引いたときから気付いていた。否、一般人でも気づくだろう。あれだけ魘されていれば。 龍夜にないのは愛。 どんな形であれ、愛がない。与えてくれる人間は龍夜にいなかった。だから、龍夜は愛を知らない。その言葉すら、知らないかもしれない。 だからこそ。 「俺達がいる。大丈夫だ」 君に愛を与えよう それが罪でないのなら何が罪となるのでしょう、これが愛でないのなら誰が愛を知るのでしょう、難しすぎて、わからない 青き影は死んだのだ (ねえ、なんで?) 愛を与えてくれたヒトだから 彼はそれを忘れることはないのでしょう prev:top:next |