28.その男、縋る 「その靈、願いままに祓う=v そして柏手。やけに静まり返った部屋にそれは響く。 龍夜は息を吐くと、頭がぐらぐらとするのを目立たぬように歯を食い縛ることで耐えた。どれほど持つかは分からないが。どっと汗が浮かび、龍夜は息を吐く。この詠唱を使うと必ずなるのだ。さしずめ、代償と言ったところか。 一方、 「熱、引いてます!」 「魔瘴も消えてるみたいやな…」 その言葉にその部屋に安堵の息が木霊する。 だか、龍夜にそんな余裕はない。荒くなる息とぼやけそうな意識をなんとか繋ぎ止める。二人はさすがに辛い。もともと負担が大きい詠唱なのだから当然と言えば当然だ。達磨にも滅多に使うんやないでと釘を刺されたのはいつのことだったか。 「ようやった!龍夜!……龍夜?」 振り返った八百造。返事が返ってこない。いつもなら、短い返事くらい返ってくるものなのに。代わりに視界に入ったのはぐらりと傾いた龍夜の姿だった。 「…う?」 燐が目を開ける。そこには見馴れた天井。自分はどうなったのか。少女を庇ったことまでは覚えているのだが、そこから先が思い出せない。ひとまず起き上がり辺りを見渡す。 すると、 「あ、燐起きた?」 しえみがちょうど盆を持って現れる。燐はそれに頷き、彼女に尋ねた。 「なぁ、俺どうなったんだ?」 「覚えてないの?燐と出雲ちゃん、倒れてたんだって。大変だったんだから」 「…出雲は?」 「出雲ちゃんも大丈夫だよ。坂本さんのおかげで…」 坂本さん。その言葉を出したとたん、しえみの表情が影を帯びた。 どうしたんだ?と尋ねる燐にしえみは首を振って何でもないと返した。言えるわけない。龍夜が倒れたなんて。言えるわけなかった。 だって、言ったら君は自分を責めるでしょ? 「どうや、龍夜の様子は」 八百造が尋ねれば、一人の門徒が首を振る。まだ意識は戻っていない。熱も酷い。魔瘴ではないということに少し安堵した。考えるに先ほどの詠唱の副作用だろう。あながち外れていない。 八百造は治療されている龍夜を見下ろして表情を歪めた。柔造や金造達も慌てていた。なんとか叱咤して落ち着かせたが。 「……阿呆が」 仲間を救うのに身を酷使して倒れては元も子もないではないか。龍夜は自分の存在を少し疎かに見ている。龍夜にとって、守る、救う。それが何より優先事項なのだ。ひやひやするこちらの身になってほしい。はあ、と八百造は溜め息を吐いた。 その時、達磨が入ってくる。達磨は龍夜を見て重々しい表情をしたが、すぐに八百造に自分と龍夜以外、部屋を出るように指示した。 「な、和尚!今の龍夜は…」 「大丈夫や。これしきで龍夜は死んだりせぇへん」 妙に説得力のある言葉。 達磨のその強い言葉に押されるように八百造達は渋々部屋を出ていった。 それを確認した達磨は龍夜を見る。 「…ィ、ジジィ…っ」 聞こえた呻くような、不安げな声。まるで子供が迷子になったような、すがるようなそれは紛れもなく龍夜のものだ。たとえいつも強くしっかりとした龍夜の声と違うとも。ジジィとは藤本のことだろう。達磨は苦笑いを浮かべて龍夜の横に座る。そして、魘されている龍夜に静かに語りかける。 「安心せぇ、龍夜。お前は一人やない。言うたやろ?皆おるさかい。せやから、安心してええ」 「…ッ、…あ…」 「な?大丈夫や」 「……」 達磨は優しげに笑うと、安心させるように龍夜の頭を撫でた。 偽りの愛などいらなかった、仮初めの幸せなどいらなかった、ただ皆で笑い合える日がくればいいと祈り続けた。だから君は牙を剥いた。叶わないと知っていても まだ見ぬ永遠 (縋る、ということを覚えた) prev:top:next |