祓 | ナノ
26.その男、決心


「…」

「はぁ、はぁ」

 素早く街を駆け抜ける龍夜とそれに何とか付いていくしえみ。こういうところで彼との実力の差を実感させられる。私はまだまだ頼りない。



悩んだ末に龍夜が三人に下したのは男女という組み合わせ。龍夜は燐を信じた上で彼に暴走するなと釘を差し、燐は当たり前だと頷いた。組み合わせは燐と出雲。龍夜としえみというもの。バランスを考えれば万人が頷くだろうが燐はあからさまにがっかりしていた。理由など簡単。実力はしえみより出雲の方が想定上、上。龍夜と燐は言わずもがな。ならば一番強い人間と弱い人間は必然的に組となる。それが結果だ。



現在、龍夜としえみは霊の気配を探って街を駆けずり回っている。が、男女の差か、しえみは息も絶え絶えだ。龍夜はそれを見かね、足を止めた。

「大丈夫か、杜山」

「は、…は、はい」

「そうは見えねぇけどな」

心配をかけまいとするのはいいが、倒れられたら尚更心配をかけることになるのだと彼女は気づかないのだろうか。龍夜は仕方なさそうに溜め息を吐くと、戒、と短く呼ぶ。それに応え現れたのは赤犬。
使い魔は珍しくはないはずだが、しえみは目を丸くしている。

「…なんだ?龍夜」

「戒、杜山…あいつ乗せてやってくれ」

「え、坂本さん!?」

そんな。と慌てるしえみと何故と言わんばかりにそっぽを向く戒に龍夜は額を押さえた。なんでこうも面倒なやつばかりなのか。俺の周りは。それが優しさというか、そういうものばかり故になため、無下にもできない。戒は恐らく、龍夜以外に従いたくないだけだろうが。
だが、時間は無駄にできない。龍夜は声音を低くして言う。

「戒、命令だ。杜山も、さっさと乗れ。お前じゃ俺に付いてこれねぇだろ」

「う…、はい」

痛いところを突かれ、しえみは頷く。足手まといにはなりたくない。けれど、乗らないことが今は何より龍夜に迷惑をかけてしまうだろう。不甲斐ないが仕方ない。戒は命令と言われ嫌そうながらも従う。逆らえばあとが恐ろしい。
しえみがおずおずと戒に股がる。

「…もう一回りだ。堪えろ」

そう言って、龍夜は再び走り出す。しえみを乗せた戒もそれに続いた。

「……?」

不意に、嫌な風が頬を掠めたが、龍夜はそれを振り払うように目を細めた。まるで見ぬフリをするように。



「あれ?前のお兄ちゃんとは違うね」

それと同じ頃。
燐と出雲は一人の少女と対峙していた。その少女は紛れもなく前に龍夜と対峙していた少女だが、二人がそれを知らない。

「誰だ?迷子か?」

少女はどこかただ者ではない雰囲気を醸していたが鈍いのか、燐は少女にそう尋ねる。出雲は何故少女がこんな時間にいるのかと疑るような表情をしていた。不意に少女が笑う。
とたんに二人の背を冷たいものが駆け抜けた。そして、どこから現れたのは大量の霊。二人の表情が固まる。

「お前、こっちこい!出雲!」

「──ッ分かってるわよ!恐み恐み申す、為す所の願いとして成就せずということなし=I!」

燐が少女の手を引き、叫ぶ。ほぼ同時に出雲が詠唱で白狐を喚ぶ。
燐も少女を後ろにやり、刀を構える。焦りからか青い炎がちらついたが燐が慌てて制御したため、すぐに収まる。
龍夜との約束が脳裏を掠めた。

炎、使うなよ。信じてんだから。

初めて、言われた約束。絶対に守る。

そして、二人は臨戦態勢に入った。二人は知らない。見えなくなった少女の口元が歪に歪められていることに。


さぁ、崩壊の音が鳴った






壊れる音に願いをこめて
(どうすればいいか分からずにずっと)


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