祓 | ナノ
24.その男、笑う


 もう時刻は深夜を回っている。龍夜はぼんやりと時計を見てそう考える。眠くは、ない。

「ホンマ、久しぶりやな龍夜」

「…そうだな」

会議の後、二人しかいなくなった部屋。柔造が笑いながら言ってきた。龍夜は横にいる彼にそう返す。本当に柔造はよく笑う。だいたいの時は笑っているのではないだろうか。そう思ってしまうくらいだ。…それが本当の笑みなのかは、よく分からないが。

「でも、龍夜。今回の件…本当にええんか?」

「?」

不意に真面目な顔をした柔造に龍夜は小首を傾げた。彼の言う言葉の意味が分からない。すると柔造は重い息を吐き出して、龍夜を見た。その目にはどこか申し訳なさそうな光を宿している。彼らしかぬ目だ。

ひとまず、分かりそうにないので、彼に尋ねる。

「…ー何がだ?」

「今の件は、だいたいは俺らが解決せんとあかん。それをお前が第一に立つんは…」

「俺に役不足とでも?」

「ち、ちゃうで!龍夜!」

龍夜が少し眉をひそめて彼を見れば、柔造は子供のように首を振った。実際、彼はどこか子供のようではあるけれど。龍夜は内心、冗談、と呟く。それが聞こえているはずもなく柔造が慌てる。それが何となく面白く、龍夜はクツクツと笑みを溢した。そして首を振る。今度こそ、声に出さなければ。話が進まない。

「冗談だっつーの。で、何でだ?」

「…性格悪なったな…お前。」

「うっせ。」

「…そうやなくてな。俺が言いたいんは、龍夜、お前がそこまで無理せんでもええんとちゃうかってことや。…あんなん、手助けの域を越えとる…っ」

最後は声を荒げる柔造。
その言葉に龍夜は目を細めた。

お前らには荷が重い。頼れ。そう思うのは致し方ないことだろう。不甲斐なく思っているのかもしれない。少なくとも、龍夜が彼の立場であったならそう思うだろう。とはいえ、それはifの話でしかなく、現実ではない。柔造がそう言うのは別に馬鹿にしているわけではなく、心配からだろう。柔造に人を馬鹿にする意地悪さはないはずだ。人がよい、とでも言うか。こちらを伺うように見ている柔造に龍夜は小さく首を横に振ってみせた。

「あれが俺のやり方だ」

今さらじゃないか。
無理をするのは。それがなんだというのか。そもそも、龍夜が人を頼るということはまずない。頼るようになっただけでも進歩ではないだろうか。それに、その方がやりやすいのだ。頼らないわけではないが、頼りすぎない。それがちょうどいい。

知ってるか?番犬は守ることに長けているって。不意に龍夜が呟けば柔造は「なに?」と理解できないように呟く。

龍夜はクツリと笑って言葉を続けた。

「俺は番犬なんだよ。聖騎士の、正十字騎士團の。だから、心配いらねぇって」

番犬は、守ることを仕事にしている。守るためには力がいる。龍夜は昔から戦うことを第一にしてきた。だから、強い。そして、形あるものを守るために死なない。死んではならない。そして、龍夜自身、死ぬ気はない。どちらが先の感情だったかはとうに忘れてしまった。

龍夜の言葉を黙って聞いていた柔造は、しばらく沈黙したのち、龍夜に言う。

「…お前は、番犬なんかやない」

「番犬だよ、服従はしねぇけどな」

「それ、番犬やないやろ。…ま、お前は番犬やない。人やし、俺らの仲間やろ」

帰ってくる場所がある。
家族、やろ。

龍夜はそう言った柔造をしばらく見たあと、ニヤリと笑った。それは、どこか嬉しそうに。

「じゃあ、そうしとくか」

それでもいい。守ることが、戦うことができるなら。名称などなんでもいいんだろう。

「それじゃ、よろしく頼むぞ、柔造」

まあ、守ることに執着してしまうだろうが。

「ああ、頼まれた」

問い詰めず、頷く柔造。
龍夜はゆるりと笑った。

ねえ、知ってる?
番犬は守るものがなかったら、側にいてくれるものがなかったら、野良犬になっちゃうんだよ?

…なら、番犬だっていい。





uncertainty
(曖昧に、決まらない)

uncertainty…不確定


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