祓 | ナノ
22.その男、望む


 それはせっかく京都まで来たのだから夕飯を一緒に食べないかと達磨が言ってきたのを龍夜が二つ返事で了承したことから催されたものだった。今更考えるとそれが原因かと龍夜は咀嚼しながら考えた。

「なんやとワレェ!」

「やかまし!飯の時くらい静かにできひんのか!ああ、猿やから仕方あらへんのか!」

「なんやと?!蛇が!元はと言えばやな…」

龍夜の目の前で金造と蝮がいがみ合っているのを見て龍夜は呆れたように溜め息を吐いた。喧しいのはどっちもどっちではないだろうか。内心そう毒づく。

今にも小さな戦争が始まりそうな雰囲気にも関わらず、龍夜は馴れたように用意された晩飯を咀嚼している。事実、龍夜はよく明陀の若い衆…柔造達の喧嘩はよく見てきたわけで、見馴れたものだ。来たばかりのあの頃は止めに入ろうかと思っていたこともあったが今は完全に無視を決め込んでいる。関わってはろくなことがない。

だが、チラチラとこちらをどうしようと言いたげに見てくる燐やしえみに龍夜は二度目の溜め息を吐いた。居心地が悪くて敵わない。止めたければ止めればいいだろう。そう思うが、彼らができないことも承知済みだ。なんというか、目の前の二人や喧嘩時の柔造達は近寄りがたい(というより近寄るのが面倒だ)。

どうも血の気が多いらしいのだ、コイツらは。使われる言葉遣いは本当に僧かと疑いたくなるほど乱暴で。龍夜はちらりと八百造と勝呂を見ると、止めろと言わんばかりにこちらを見ていた。

何故に俺に頼る。
というかあんたらが止めろよ。俺に言うな。

そう言い返したくなったが元を辿れば自分の返事が原因なわけで。致し方ない。そう龍夜は反論の言葉を飲み込み、代わりの言葉を二人に言う。

「蝮、金造。その辺にしとけ」

「龍夜!止めんといてくれ、これだけは譲れんのや!」

「知るか。蝮、お前も大人になれよ。お前ら良い歳してんだからよ…」

諭すように見れば、うっ、と二人が言葉を詰まらせる。その姿に、龍夜は変わらないな、と苦笑いを浮かべる。昔から蝮と金造は仲が悪かった。志摩と宝生という間柄のせいもあるのだろうが。にしたって二人ともとうに二十歳は過ぎている。龍夜よりも年上か変わらないかくらいだったはずだ。
赤面している二人に龍夜はとうとうクツクツと笑う。笑うな、と飛んできた声さえおかしい。どうやら気が弛んでいるらしい。
それに気付いたのか燐としえみが龍夜を見て、

「龍夜、なんか今日機嫌いいな!」

「坂本さんって、よく笑いますね。私は…今日会ったばかりですけど…」

「…そういや、そうだな」

二人に指摘され龍夜は曖昧に頷く。たしかに、そんな気がしないでもない。そんな龍夜に、柔造が問う。

「なんや、龍夜は普段笑わんのか?」

「そうだな…なんつーか、自覚ねぇ」

「龍夜さんは顔はエエんやから笑っといたらええんとちゃいます?」

「廉造…お前は笑いすぎだろーが。あんまへらへらしてっとな…」

スイ、と龍夜は目を細めて志摩を見る。

「薄情者に見える」

「薄情?!」

「あ、なんか分かるわ!」

「奥村君!?」

ひどないですか?
そう落ち込む志摩に場が湧く。志摩も落ち込んではいるが笑みは絶やしていない。言うなれば、皆それぞれ楽しげに笑っている。
龍夜も口元に緩やかな弧を描いている。昔から変わっていないのはここも同じなのか。そう思いながら。

その時、

「…龍夜がいてくれれば、楽しいし助かるんやけどな…」

ポツリと紡がれた達磨の言葉に龍夜はしばらく固まって、そのあとどうしようもなさそうに小さく首を横に振った。さすれば、達磨は分かってると苦笑いを返した。


ずっと。
いるわけにはいかない
いられないのだ。俺は
いくら望もうと、無駄な足掻き。望んで後悔するくらいなら望まない、願わない


されど、掻き抱く幻想、降り積もる帰心、この場所だけはどうかあの日のままでと願った愚かな自分がいたのだ。






嘘を一つ混ぜてみた
(望まなかったわけない、願わなかったわけない)

このままで、と

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どうやってもシリアスに持っていきたいのか私は


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