21.その男、対峙 嫌だ、嫌だ…死にたくないよぉおお! 「…うるせぇ」 そう言って、龍夜は引き金を引いた。パンッ、と乾いた音と共に弾丸が銃火器から放たれる。 ぁ…あ゛ああああぁ!!い゛やだぁあぁあ… 耳に霊の断末魔が響き、そして途切れた。龍夜は眉をひそめて、溜まっていた息を吐き出す。背中を不快感が這い上がってくるようだ。悪魔の断末魔というのは聞き慣れている。そこまで不快ではない。けれど、同じ悪魔でも霊は違う。霊の声は、表情は、感情は、人のそれで。人を殺しているような気分になる。それでもやらなければいけないのだと分かっているが、馴れたいとは思わなかった。そして龍夜は最後の霊を撃ち抜いた。 龍夜は出張所を出たあと、あちらこちらを転々とし、何か事態収束への手がかりになりそうなものを探していたが、やはり昼間のせいもあって悪魔は影を潜めていた。あくまで、日の明るいところでは、の話だが。 日の当たらない、魍魎の好みそうな場所に行けば、いきなりだった。大量の霊が龍夜に襲い掛かってきた。 「クソ…っ」 運がよかった。 この霊達は祓い方が広いらしい。 発砲音のあまり大きくない銃火器で霊を撃ち落としていきながら、龍夜は内心、これが本当に霊かと疑いたくなった。 龍夜の知識としてあり霊はここまで凶暴ではなかったはずだ。悪戯こそあれ、人を襲うなどあり得ない。そう否定しながらも、内心では薄く納得していた。これが、今の京都の現状なのだと。 「っは、」 最後の霊を撃ち抜いた龍夜はその場でずるずると座り込んだ。いくら体力があっても、あれだけの霊を相手にするのは一労働だ。何より、こんなことでへたっている自分が情けない。息を落ち着かせながら龍夜は短く舌打ちをした。その時、 「なっ、」 龍夜は唐突に背にぞくりと寒気が走ったのを感じた。例えるならば、そう、上級悪魔を相手にするような感覚。思わず立ち上がり辺りを見渡す。辺りには何もない。何もいない。気のせいか? と思ったが、どうやら龍夜の気のせいではないらしい。 何してるの?お兄ちゃん 「…誰だ、お前」 目の前に、着物姿の少女がいた。少女はふくよかな頬に笑みを浮かべ、龍夜を見ていた。一見すればただの少女だが、龍夜にはそう思えなかった。…ただの少女が、唐突に現れるわけない。龍夜が気配を感じ取れないはずない。少女に見られているだけでこんなにも、肌が粟立つような寒気がするはず、ない。 龍夜は少女と距離を取り、彼女を睨む。だが、少女はニコニコと笑みを湛えているだけだ。…普通、笑っていられるだろうか。龍夜の凍てつく殺気を向けられて。龍夜は少女に銃火器を構えた。だが、少女は表情を変えず。逆にそれが苛立たしい。けれど、こういう場合は焦った方が敗けだ。龍夜は言い聞かせながら少女と向き合った。 沈黙を破ったのは少女だった。 「ああ、また行かなきゃ。じゃあね、龍夜お兄ちゃん」 そう独り言のように呟いて、少女は背を向ける。 「!っおま、」 待て。龍夜がそう言う前に少女は消えた。まるで煙が霧散するかのように。とたんに寒気が消える。圧力のような威圧感も消えた。 「なんだったんだ?それに、…あいつ、」 何者だ? 龍夜は少女が消えた場所を鋭く睨み付けた。そんな彼の上を烏が嘲るように鳴く。 とおりゃんせ、とおりゃんせ。 そんな唄が聞こえた気がした。あの、少女の声が。 知ったつもりでいる満足と、何も知らない不満足。本当のことはそんな次元の話じゃない。 知らなければならないのだ。言の葉の忌みを。 疑わなければ真である (疑わない余地もないな) prev:top:next |