祓 | ナノ
19.その男、感謝


「…お久しぶりです」

目の前の人間に龍夜は正座姿のまま頭を下げた。久しぶりの敬語に顔がひきつりそうだ。燐達がいなくて良かったと龍夜は内心安堵の息を吐く。今頃、彼らは勝呂や廉造達と話に花でも咲かせているだろう。今、龍夜は目の前の人間と二人だ。

龍夜は敬語なんて滅多に使わない。上一級祓魔師と、そこまで階級が低いわけでもない上、周りがそれを強要しなかったから。…使えないわけではないけれど、使いたくはない。それでも使わなければいけないのは目の前の人間がそれに値する数少ない人間だから。

人間──勝呂達磨は。
達磨は龍夜に苦笑いに近い笑みを浮かべて、

「そない堅ならんでええで龍夜」

「…悪い。どうにも敬語は馴れなくてな」

「気にせんでええ。龍夜は昔からそうやったからな」

達磨に言われ、龍夜の口調が砕けたものになる。そっちの方が龍夜らしいで、と笑みを向けられ龍夜の表情も漸く僅かに緩んだ。達磨は嫌いじゃない。昔のこともあって遠慮をしなくていいため、話していて楽だ。

「それで、だ。調べてくれたか?」

とおりゃんせについて。

声音を変えた龍夜の言葉に、達磨は表情を変えずに頷く。つまり、肯定。その動作に龍夜はどうだった?と問う。

「龍夜の言う通り八百造達に調べてもろたけどとおりゃんせ≠ヘどうも唄みたいやな」

「唄…それだけか?」

「…不思議な話や。」

「は?」

唐突に筋違いな言葉に龍夜は眉をひそめる。不思議な話?どういう意味だ。そう問おうにも達磨の表情が柄にもなく深刻そうで問うのに気が引ける。話したくないことなのだろうか。普段、明朗(というよりはだらしない)な人間がこうも違うと話し掛けにくい。言い澱む龍夜に達磨は重たい息を吐いて言葉を続けた。

「お前の考えとった通りかもしれんな。…聞いとったんや。明陀の門徒が」

「…何を」

龍夜は先を促す。
聞かなくても分かるような気がしたが。ざわざわと胸騒ぎがした。

「子供がなとおりゃんせ♂Sっとるんを。…霊が、大量発生する前日やった。偶然やと思うか?」

達磨の目が龍夜を見据える。それに龍夜は静かに首を横に振った。偶然だと思うか?思えるわけないだろう。第一、達磨の目は当に答えなど分かっている目をしている。この男は飄々としているようで、実のところはかなり鋭いのを龍夜は知っていた。
二回ほど呼吸をし、龍夜は口を開いた。

「恐らくはそれが原因だろ。…ちっと探索してくる。何か分かるかも知れねぇからな。あの三人は置いておくから好きに使ってくれ」

「お前一人で行くんか?」

「ああ。」

「大丈夫なんか?まだ昼やけども…」

「承知してる。すぐ戻るから安心しろって」

そう言って立ち上がった龍夜を達磨は苦笑いして見上げた。それでも、達磨の目には親が子を心配するようなそれが宿っている。そんな彼に龍夜はうっすらと笑みを返す。
それでも内心は、嬉しい。龍夜には親がいない。だから、親の愛情を知らない。でも、藤本や達磨が与えてくれたそれは愛情なのではないかと思う。だから。口では言えなくとも、感謝しているのだ。
──燐のように素直でないのが恨めしくないわけじゃない。

それでも。

「気にすんな。戻るから」

そう安心させるように微笑んで、龍夜は部屋を出た。

素直にはなれない
だから、せめてもの恩返しは貴方達の日常を守ること

残された達磨は小さく笑みを浮かべ、

「強うなったなぁ…龍夜」

そう一人ごちた。






惜しみなく愛を与えよう
(君が与えてくれたように)


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