祓 | ナノ
18.その男、知る


 京都に向かう当日。
龍夜はどこか落ち着きのない燐と共に援護の祓魔師を待つ。今更だがどんな祓魔師なのか聞いていないことを思い出す。ひとまず、自身の身を守れるくらいの力はあるだろう。というより、そうでなくては困る。メフィストのことだから、その点は心配はいらないだろう。

龍夜がそんなことを考えたとき、燐が目を輝かせて龍夜を見て尋ねてくる。

「なぁなぁ!新幹線で行くのか!?」

「新幹線?んなもん使うか。鍵℃gえば一瞬だからな」

わざわざ祓魔師になってまで新幹線などの移動手段を使うことはまずない。費用と時間がかかる。例外もあるが少数精鋭のときは大概鍵≠使うのが常識だろう。
龍夜にそうあっさり告げられ、燐はあからさまに落ち込む。ガキかと呆れる。その時、

「すみません!」

「遅れました!」

駆けてくる、燐と大して変わらなそうな少女が二人。そして、

「「あ」」

燐と少女二人が同時に同じ声をあげて固まる。なんだ?と状況が飲み込めない龍夜が首を傾げれば、二人のうちの気の強そうな少女が叫ぶ。

「な、なんであんたがいんのよ!?」

「それはこっちの台詞だ!!なんで出雲がいんだよ!」

「気安く呼ばないでって言ったでしょ!?」

「い、出雲ちゃん、燐も落ち着いて。ほ、ほら、引率の祓魔師さんが固まってるよ」

口喧嘩のような会話を交わす二人を着物に祓魔師のコートを羽織った少女が止めに入る。その言葉にハッとして二人が龍夜を見れば、龍夜は目を細めて二人を見据えていた。口元にはひきつりながらも笑みを浮かべているが目が笑っていない。そんな龍夜に二人、主に燐はヤバいと背筋を凍らせる。
龍夜はやっと止まった二人を確認して口を開く。二人が肩を跳ねさせる。

「何、お前ら知り合いかなんかか?」

「し、知り合いっていうか、同期で…」

「その、す、すみません!」

慌てふためく三人に龍夜は内心溜め息を吐く。苛立ちや怒りより、呆れが勝った。同期ということは候補生や訓練生時代の同級生ということだろう。息は合うだろうが…この様子ではことあるごとに出雲という少女と燐はぶつかりそうだ。先が思いやられる。
任務だけでも頭はパンクしそうだというのに。
龍夜は、このメンツを指定したメフィストの性格を心底恨んだ。あの享楽に貪欲な悪魔め、と。

龍夜はそんな思考を無理矢理振り払うように一つ息を吐くと、三人を見据える。

「お前らのことは分かった。この落とし前は後々働いてつけてもらう。ひとまず、奥村は置いといてお前ら二人、名前と称号は?」

「神木出雲です。称号は手騎士と詠唱騎士です」

「わ、私は、杜山しえみです。称号、は手騎士と、医工騎士です」

…随分と対照的な二人だ。二人の自己紹介に龍夜は頷きながらそんなことを思う。

「俺は坂本龍夜だ。称号は手騎士、騎士、竜騎士。一応今回の任務の責任者だ」

「「よろしくお願いします」」

「なぁ、龍夜。俺は何か言わなくていいのか?」

「奥村…お前は言う必要はねえから。今回の任務は期間未定。プレッシャーをかけるつもりはねぇが気は張っていけ。いいな?」

龍夜の声が三人の鼓膜を揺らす。それに誰かがごくりと息を飲む。それだけ、龍夜の濁りのない目は悲惨な現実を見据えているようで、自然と背筋が凍った。
出雲、燐、しえみはまだ祓魔師になったばかり、云わば新人なのだ。祓魔師になった実感もなんだか曖昧なものだったが、今、それを実感した気がした。龍夜は自分達より祓魔師として長く、祓魔師の現実を知っているのだ。
目だけで訴えられるほどに。

緊張感を帯びた三人に龍夜はそうでなくてはと目を細めた。
そして目の前の扉に無限の鍵を射し込んだ。


そうだ、そうでなくては。
少なくとも祓魔師であるためには。

いざとなったとき、己を保身できるのは己でしかないのだ。誰かを守るのも自分を守るのも。結局己なのだ。正確には己の意志と力。

そうして人は力を求める。
誰がために、何がために。そう龍夜は三人に見えない瞳に師と同じ冷酷を宿した。


それが我ら、祓魔師だ






Es ist gut.
(その力は誰かのためか)


*Es ist gut.
ドイツ語でこれでよい


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