祓 | ナノ
15.その男、安堵する


ガキッ、と木刀が飛ばされ、遠くに落ちる。それを見送ったあと、燐は視線を飛ばした本人である龍夜に戻す。その表情は呆れとでもいうのか、そういう類いの表情だった。事実、呆れているのだろう。
龍夜は溜め息を吐いて言う。

「奥村、刀は握って離すなって何度言ったらわかんだよ」

「っお前な!手加減しねえで思いっきり飛ばしただろ?!」

「そういう技だからな。つうかよ、手加減したら修業の意味がないだろーが。悪魔が手加減してくれるわけねぇだろ」

正論すぎるそれに燐は言葉を詰まらせる。だが、内心ホッとしていた。なんというのか、龍夜の雰囲気が変わったような気がしたのだ。気のせいかもしれないが、接しやすくなった。あの、周りと壁を作っていたような雰囲気がなくなっていて、近寄りがたくないのだ。

なんというか…頼ってきているというわけではないが、許してくれているような、相棒として見てくれているような気がした。
そんな思考に浸っていると、燐の頭に龍夜の木刀が落とされ、ゴチン、と鈍い音を響かせた。

「いってぇ!!」

「人の話聞いてんのかお前。さっさと再開すっから木刀取ってこいってんだろ!」

「お、あ、悪ぃ…」

思考に浸りすぎていたようで龍夜の言葉が耳に入っていなかったのだ。龍夜の苛立たしげな声に燐は慌てて立ち上がり、木刀を拾いに行く。そんな燐の後ろ姿に龍夜は溜め息を吐いたあと、ふ、と笑みを浮かべる。

龍夜も龍夜で、シュラに言われ燐の表情だとかを気にしていたのだが、大丈夫そうだ。吹っ切れたような安堵したような、とにかく、心配はいらないようだ。不器用なりにやってみるものだと、学ぶ。この歳で学ぶことがあろうとは。──とうの昔に、世界の理不尽さは学んだつもりだったけれど。

そんなことを考えながら太股に備え付けられているナイフを抜く。悪いが、龍夜は燐のように馬鹿じゃない。たとえ似た者同士でも。やることなすこと本能で計算済みだ。ちょうど、燐が戻ってきて龍夜の持つナイフを不思議そうに見つめたのち、まさかというように龍夜を見る。そんな彼に龍夜はニヤリと様になる笑みを浮かべて、言う。

「準備運動は終わりだ。お前も刀抜け」

「え、な?!ちょっと待てよ!何で真剣使う必要あんだよ。」

「簡単なことだ。木刀と真剣じゃあ重みも感覚も違う。型を決めるだけなら木刀でも構わねぇが、本番は真剣だろ?悪いがこれが俺のやり方なんでな」

「っお前に敵うわけ…」

ないだろ。そう口を一文字に引き結ぶ燐に龍夜は呆れたような顔をしたあと、ナイフを持っていない片方の手の木刀で燐の頭を叩く。本気ではないだろうが、ゴンッ、と重い音が鳴り、燐はいってぇ!と悶絶した。そんな燐に龍夜は馬鹿か、と口を開いた。

「敵うか敵わねえかはやらねえとわかんねえだろ。勝手に決め付けんな。あくまでも可能に過ぎないだろうが、それは。負けてんのはお前の気持ちだ」

その言葉に燐はそうだけどよ、と顔を上げた。その時、龍夜の携帯が場違いに鳴る。龍夜は携帯の「メフィスト」という文字に舌打ちをして、それを耳にあてる。

「んだよ!」

おや、随分とご立腹なようですね、龍夜さん

「てめえのせいだろうが。で、何のようだ。下らねえことなら切るぞ」

いえ。任務についてなんですが、奥村くんにも説明しなければいけないので、ひとまず理事長室に来てください

「はぁ?任務なら書類に纏めて寄越せばいいだろ」

なんでわざわざ呼び出す必要がある。そうめんどくさくそうに龍夜が言えば、

なら上司命令です。来てください

そんな職権乱用の手本のような返事が返ってくる。恐らく電話の向こうではメフィストが愉快そうに笑っているのではないだろうか。

龍夜が理不尽だろ、そう告げる前に通話が切れた。つまり、逆らうなということだ。…逆らうわけないだろうに。仮にも上司なのだから(それを知っていて上司命令を使うのだから質が悪い)。とはいえ、だいたい呼び出しがある任務は危険な上級悪魔の祓魔か、長期任務と決まっている。

にしたって急すぎる気がしないでもないが今は苛立ちと諦めが勝った。文句をつける相手もここにはいない。

龍夜しばらく携帯を見つめたあと苛立たしげな舌打ちをして、それをしまう。
そして、持っていたナイフを元の場所に、木刀を燐に投げる。どうしたんだと見てくる燐に、

「修業は中断だ。あの野郎から呼び出しだ」

そう告げて歩き出した。
燐は慌ててそれを追った。





いつものように回る地球
(いつものように囲む世界)


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