祓 | ナノ
9.その男、怒(いか)る


 バタン、と荒々しく理事長室の扉が開かれ、メフィストは視線を扉に移した。そこには祓魔師の証であるコートを着た龍夜の姿。燐の姿はない。龍夜はニヤリといつもの薄笑みを浮かべてはいるが、少しばかり苛ついているように見えた。といっても、理事長室に来るときはいつも似たような表情をしているが。

「おはようございます、龍夜さん」

「あぁ」

ひとまずメフィストは、持っていた資料を置き、龍夜に視線を向けた。龍夜はいつの間にやら椅子に座っているが、これもまたいつものことなのだ。
そして、龍夜もメフィストを見据えた。

「で、話はなんだ?報告書は昨日出したはずだ。今日はオフなんだよ。いつもてめえのせいで潰されてる数少ないな」

口を開けば饒舌かつ辛辣な龍夜の愚痴=Bメフィストは馴れたように受け流すと、逆に龍夜に問い掛けた。

「いえ。奥村君はどうでしたか?」

「…奥村?」

なんで奥村が出てくる。
龍夜は不思議そうな、理解しかねるという顔でメフィストを見た。だが、メフィストは訂正はしない。つまり、聞きたいことはそれなのだ。それを理解した龍夜は、

「別に。強いて言うなら…まだ甘い」

「ほぉ?」

「悪魔に情けをかけたり、悪魔を前にして固まったり…まだ人間らしいな、あいつは」

だが、まだその方がいいと龍夜は思う。少なくとも、己よりは。人間らしくないよりは人間らしい方がいい。殺戮人形のように、なってしまうよりは。

その思考を読み取ったのか、はたまた偶然か、メフィストは嘲笑うような笑みを浮かべて頷く。

「なるほど。ですが、似ていたでしょう?貴方の師である彼に」

「………ああ」

メフィストの言葉に龍夜の目が鋭く細められたが、龍夜は静かに頷いた。メフィストの言うことは事実には変わりない。分かっていていたいところを突いてくる。だから好きにはなれないのだ。メフィストは龍夜の様子に満足そうに頷いたあと、龍夜に言う。

「そういえば、貴方にお客さんですよ」

「客?」

誰だ?
そう龍夜がちょうど首を傾げたとき、バンッ、と背後の扉がド派手な音をたてて開いた。龍夜は一瞬、神妙な顔をしたが、気配で分かったのか思い当たる節があったのか、思いやられるように額を押さえた。

だいたいメフィストの言う客のことについて誰だか見当がついた。

と、同時に嫌な予感と言うか、先が思いやられると言うかいろいろそんな似通った思考が浮かんだ。
逃げるか、そんな思考が頭を掠めた時、龍夜は背中というか、肩に衝撃を感じ小さく唸る。遅かった。龍夜は溜め息を吐いて、視線を後ろにいるであろう人物に向けた。

「よぉ龍夜!久しぶりだな!」

「…シュラ」

相変わらずの言動。
龍夜は至極嫌そうにその人物の名を呼んだ。幼馴染みであり、共に藤本の元で学んだ仲間。霧隠シュラの名を。龍夜の気持ちを知るよしもないシュラはニタリと笑い龍夜の頭を撫でた。痛い。

「…メフィストてめえ…」

「おや、なんですか?」

「お前、こいつが来ること知ってたんならなんで言わねぇ」

まだ逃げられる可能があっただろうが。

ひとまず、なすすべがない龍夜はヴァチカンにいるはずのシュラの来訪を知らせなかったメフィストを睨んだ。この際、シュラは放置しておくということに龍夜は決め込んだのだ。メフィストはニヤニヤと笑い、知らなかったんですよ、としゃあしゃあと言ってのけた。…なら、なんで客がいると気付いた。
そう言おうとした龍夜にシュラが掴みかかる。

「無視すんなよ、龍夜!」

「うるせぇ。ひとまず離れろ」

「ニヒヒー、やだね」

「………てめえ…」

「怒った怒った〜にゃっはっは!」


しばし理事長室はファンシーな空気と龍夜の作り出した凍てつくような殺気が入り交じり、複雑な空気に包まれた。






頭を撫でるのは場合によりけり
(ワンコの頭を撫でるのは逆効果)


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