祓 | ナノ
7.その男、すがる


 夜。部屋に戻ったとたんに、ズキリ、と白狐にやられた腕が熱を持つ。思わず龍夜は顔をしかめた。

いくら丈夫だとしても龍夜も人間、痛みなど感じないはずがない。服を捲りあげれば処置された包帯に血が滲んでいた。理由など分かりきっている。龍夜と燐はあの白狐の任務のあと、二件ほど任務をこなした。つまり、過労。

前々からいろいろな人間に言われてきた。そこまでやらなくてもいいだろう、と。そんなこと、龍夜とて分かっている。だが、やめる気もない。

傷を負う恐怖など、忘れた。

祓魔師としていくつもの任務をこなしてきた。命の危機に晒されたこともあった。だからか、馴れてしまったのだ。傷付くことにも、悪魔と対峙することにも。

死さえも恐れずに、ただ悪魔を狩る狂犬と成り果てた。けれど。

ただ悪魔を狩り、人を救う。それが祓魔師。そんな戯れ言などどうでもよかった。

悪魔を狩るのは守るため。いつしかすり抜けて逝ってしまうそれを、守るために。俺の生があるのは、ジジィのおかげだから。俺はジジィの残したモノを守るだけ。そのために牙を剥く。それが狂犬の忠誠。

そんなせいか、龍夜はいつしか死さえも恐れなくなった。

いつかお前が消えてしまいそうで怖いよ

幼馴染みに苦笑いで言われたことがある。

「消えてしまいそう、な」

そう溢して苦笑する。
龍夜も人間だ。いつかは死ぬ。死、それはいつか必ず訪れて幸せも不幸せも愛も憎しみも喜びも哀しみも全部全部奪い去って変わりに穏やかな眠りだけをくれるのだろうか。

この、俺に。

龍夜はクツリと笑みを溢し、月明かりが差し込む窓を通し月を見る。

死に急いでるように見えたとしても、龍夜は死ぬ気はない。

「すがりついてでも生きてやるよ」

そう月に誓う。
罪だろうと傷だろうと悲しみだろうと、すべてを背負い生きていく。目的がないとしても、だ。いつかこの身が朽ち果てようとも。

だって、勝手に死ぬことなど誰が許してくれようか?

この足に絡み付く足枷が、俺が死ぬことを許さない。だから俺は生きていく。
俺もそれにすがっている。

その足枷の名前は、

「友情、か」

なんて、俺に不釣り合いなものか。龍夜は自嘲する。

たくさんを抱え込んで手放さないのなら。いつかの廃棄のために触れないでいた感情も埋もれてしまうだろう。

だとしても龍夜は生きるのだ。

支えていたのは彼で支えられていたのは周りで。彼はそれに気づかないまま。

なあ、ジジィ。
俺の心はまだ、人だよな?






いつお前は機械になった
(機械じゃない。心が俺を生かすから)


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