6.その男、主人 固まった燐の前に黒いコートの背中が庇うように入り込んだ。そして、その人間に白狐は前足を振り下ろした。その人間は両腕で白狐の前足を受け止めた。っ、と痛みに堪えるような声がした。目を見開いて固まる燐にその人間はやれやれと言ったように視線だけを向けた。 「な、お前…!!」 「ボーッとしてんな、馬鹿野郎」 さっさと逃げろと付けたし、すぐ視線を戻して素早く白狐から、バックステップで距離を取り、太股の拳銃を抜いて迫ってくる白狐に向けて発砲した。迷いなど一切ない射撃。二回ほど発砲音が響き、白狐の額に朱の花が咲く。白狐は悲痛な声をあげて仰け反り、倒れた。 今度こそ、終わったか。 龍夜は辺りを見渡したあと肩の力を抜いて息を吐いた。そんな彼に戒が駆け寄り、腕を気遣わしげに見た。その腕からは赤いそれが伝い地面に溜まりを作っている。それに燐はハッとして龍夜に近付く。戒が小さく警戒するように唸ったが龍夜が目で制した。 「っ大丈夫か…?」 「あ?…ああ、これ」 その声音に元気はない。 何より龍夜の僅かに見える腕を伝う血は、怪我は龍夜が燐を庇って負ったものだ。自分のせい、なのだから。 だが龍夜は気に止めるでもなく、咎めるでもなく自分の腕を見て髪を掻く。そして溜め息。それはいかにもめんどくさそうだ。龍夜は恐る恐る自分を見ている燐の頭を怪我を負っていない方の手で掻き回す。そして、大丈夫か、という問いかけ。 その行動に燐はきょとんとする。自分のせいで怪我を負ったのにも関わらず咎めるでもなく頭を撫でただけ。信じられなかった。思わず問う。 「何で、責めねぇんだよ?!」 「…今のは油断した俺にも非があったからな。責める理由なんてねぇだろ」 「っでも、怪我は…、俺がなにもしなかったせいだろ!?」 「っせぇな。良いっつってんだからそれで良いんだよ。ガタガタ言うな。そうやって自分責めてるくれえなら今度はそうなんねぇように気ぃ引き締めてろ」 「っ!…おぅ」 龍夜は燐を見据えたあと、他の祓魔師達の様子を確認するため、身を返す。 龍夜の言葉に呆然としたあと、燐は彼の背中にそう頷いて、先ほど振るえなかった刀を握り締めた。 龍夜の言う通りだった。責めていても何にもならない。むしろ足を引っ張ってしまうかもしれない。 もう、足手まといは御免だった。同時に龍夜に感謝した。龍夜はぶっきらぼうでめんどくさがりかもしれないが、自論を持っているらしい。それに燐は出会った時から助けられた。そして、今も。 だからこそ、もう。足手まといにはなりたくなかった。 「次は…ぜってぇに…」 燐は手当てを受ける龍夜を見ながら小さく呟いた。その時、 「おい小僧」 「?、お前、戒!」 こちらを睨んでいる戒に気づく。戒は燐を睨んだまま言う。 「…次、龍夜の枷になってみやがれ。その時は俺がお前の喉笛を食い千切ってやる」 「な、次はなんねえよ!」 戒の言葉に燐は言い返す。図星だったからこそ、かもしれないが。だが戒は、 「ハッ、どうだか。俺は認めねぇからな。」 我が主人は龍夜だけ。 主人の牙になれるのは俺とアイツだけだ。 忠犬はそう告げる。 主人のためだけに、誓った身だから。 そう唸ると、戒は龍夜の元に歩いていってしまった。 「…なんだよ、あいつ」 戒の目は何者も受け入れない、認めない目だった。だが、龍夜を見るときは、違うのだ。信頼し、認めるような目。その目を知っている燐だからこそ、気づいた。…わからない。 「わけわかんねぇ」 「奥村ぁ、行くぞ!」 その時、遠くで聞こえた龍夜の声に燐は慌てて彼の元に走った。 戒はすでに消えていた。 引っ掛かっていた疑問も、また頭の片隅に追いやられていた。 駆け出した、追い掛けた (お前は俺の牙になれるか?) prev:top:next |