5.その男、最凶 龍夜の声と共に現れたのは犬。普通の大きさではなく一回りか二回り、もしくはそれ以上の大きさの赤い毛並みの、狼を思わせる犬。恐らく龍夜の言葉から呼び出されたことからして龍夜の使い魔か。その赤犬は白狐を睨み低く唸った。 龍夜のその赤犬の頭を撫でて笑う。 「戒。獲物はあの白狐だ。…いいか?命令だ。 やつを喰らえ」 その瞬間、戒は一声吠えると大して大きさが変わらない白狐に向かっていく。その姿は忠実な猟犬のよう。燐が龍夜に尋ねる。 「なぁ、アイツって…お前の使い魔か?」 「ああ。名前は戒…忠犬だろ?」 まるで聖騎士の狗の俺みたいな。牙を秘めた忠犬の猫を被る狂犬。 そんなことを片隅で考え龍夜は見えないように小さく己を嘲笑う。あんなやつの猟犬など御免だったはずなのに、逆らわず頭(こうべ)を下げて従う己を。だが、龍夜が忠誠を決めた主はただ一人。それ以外は龍夜の主ではない。いつだって牙を向ける。けれど、向けないのは。 怠惰。それが龍夜の芯だからか。 龍夜はクツリと笑うと駆け出す。 「奥村、お前はそこ残って守ってろ」 「お、おいっ!あぶねえって!」 死にに行く気か!? 背中にそんな言葉を聞きながら龍夜は組み合った獣に向かっていく。端から見れば命知らずのやることだ。燐でも分かる。よく命知らずと言われた彼ならば尚更。 だが龍夜は止まらず、僅かに体を低くした戒の背中に飛び乗ると、吠えた。 「戒!頭下げてろ!」 それとほぼ同時に発砲。 サイレンサーが付いているため銃声はなかったが空薬莢が舞い、銃弾は狂うことなく白狐の頭を撃ち抜いた。 グギャアァァァ! 「戒、離れろ!」 龍夜の言葉に従い戒が白狐から離れれば白狐は咆哮をあげて倒れた。土煙が舞い、地が揺れた。それから白狐は動かなくなった。 「殺ったな」 「すげぇ…」 燐の口からそんな言葉が漏れた。 この間僅かに十分あまり。燐は目を丸くして狩人のように戒に跨がりニヤリと笑っている龍夜を見る。メフィストに龍夜が強いことは告げられていたが、半信半疑だった。言葉だけでは信用性がないのだ。メフィストのような者の言葉なら、尚。 だが、龍夜は強い。 使い魔との連携もそれなりに信頼と経験がなければなせない。 これが、上一級祓魔師か。 燐は改めて龍夜を知った。その時。 グアァァァ!! 「っ奥村ァ!」 龍夜の声と何かの咆哮が重なる。 「えっ?」 燐が視線を動かせば、そこには潜んでいたであろうもう一匹の白狐が現れた。 それは前足を今にも振り下ろさんとしている。 燐の動きが、固まる。 否、動けない。背筋が寒くなるのを感じた。誰ともつかない悲鳴が、祓魔師達の悲鳴が上がった。 龍夜は苛立たしげに舌打ちをして戒から降りた。そして叫ぶ。 「奥村!下がれ!」 「あ、うあぁぁぁ!!」 怖い、怖い…怖い! 恐怖からか燐は悲鳴を上げる。それしかできなかった。体が悴んで動かなかった。 無情にも白狐の足が、振り下ろされた。 そして、朱が舞った。 「馬鹿野郎が…っ」 引き金を引くまで目を閉じるな (本能のまま牙を向け、) prev:top:next |