祓 | ナノ
閑話:その男、教える


「…雪男?」

言われた名前を繰り返し、少年は少しだけ目を細めた。一方で、雪男と呼ばれた少年は自分より少し歳上そうに見える彼を緊張したような面持ちで見据えた。
少年はそれに気付いたのか少しだけ表情を緩めた。今更ながら、端正な顔立ちをしていると気付く。とても、強く見えた。そんな雪男の心中など知らない少年は口を開き、

「雪男…雪男な。俺は龍夜だ」

「し、ってます!とても、強い祓魔師だと…」

若くして、祓魔師になった少年。その強さは並大抵の祓魔師に比肩をとらないとまで聞かされた。雪男がそうつっかえつっかえながら告げると、龍夜は小さく笑って首を横に振った。

「俺は強くないな、残念ながら」

「え…でも、神父さんは…」

「若いなぁ、お前。大人の言うことなんでもかんでも信じるたぁな」

世の中には信じたらいけない人間もいるものだ。
特にあのジジィみたいなやつには。
そんな言葉を内心呟いて、龍夜は驚いた顔をしている雪男に意識を戻す。

やけに大人びたことを言う。自分とだって大して歳は変わらないんじゃないか。そんなことを言いたげだ。でも、言わない。ジジィの子にしては礼儀がいい。

雪男が口を出さなかったのには理由がある。
別に、龍夜が歳上だからなどではなくて、ただ単に龍夜の何かに気付いたから。

笑う顔
(たしかに少し大人びているけど)

紡がれる言葉
(神父さんみたいに低くない)

少しだけ、寂しそうな顔
(…なんで、悲しそう?)

「あの、」

「なんだ?」

口を開いた雪男の言葉を待つ。雪男は躊躇いながらも、感じたことを問い掛ける。

「…あなたは、」

何か悲しいことでもあったんですか?

純粋ゆえに尋ねられた言葉。龍夜の目が僅かに揺れた。けれど、すぐそれは彼の笑みに消えた。


「────」



「…夢か」

薄らと目を開けば目に入ったのは彼の笑みではなくて、いつも見馴れた天井。辺りが暗いことから、まだ深夜に近い時間だと分かる。

今、彼は日本にはいない。けれど、その名前を知らない者は少ない。候補生達くらいだろう。
何せ、彼は聖騎士の片腕とまで言われている人間だ。

…あの人は今、幸せなんだろうか。
あの時、あの悲しげな顔を見せた彼は。

思ったって意味のないことだとは分かっている。何より、今自分がすべきなのは兄のことだ。

けれど、たまにちらつくのだ。幼かった彼の笑みと言葉が。


「悲しいことなんてねぇよ」


…悲しみを宿しながら何を言うのか。



少年は夢を見た
(あなたは今、笑えていますか?)

……
アンケートより


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