40.その男、同情する 生きたいか? 死にたいか? 凍った笑顔で問いかける龍夜に悪魔はたじろぐ。それを見据える龍夜の目はどこまでも冷たい。ー獲物を狩る者の目。人より悪魔より、冷たい。 横に立つ燐も思わず息を呑む。祓魔師の力量の差はこんなところにも現れるのかと思い知らされる。龍夜のは燐の説得などという生半可なものじゃない。むしろ脅喝に近いように思えた。 カチリ、と龍夜の指が引き金に力をかけていく。弾丸が放たれるのも時間の問題だろう。鳴る音はまるでカウントダウンのようで。不意に、龍夜から笑みが消えた。 「…時間切れ、だ」 「え、…ま、待ってくれ!まだ、死にたくない!死にたくない!一人じゃ、一人で死にたくない!」 「……なら、離れればいいだろ?そいつから」 喚くくらいなら離れてくれた方がまだいい。こちらだって、時間はないのだから。ただ、一人、という単語が妙に気にかかったが。 それでも銃を握った腕を下げることもなく、龍夜は悪魔に言う。 すると、間髪入れずに悪魔は「嫌だ!」と叫び返す。離れれば逃げられるかもしれないのに、なぜそこまで離れたがらないのか。 そう考えて、ひとつの仮定が生まれた。龍夜は銃を構えたまま尋ねる。 「お前、一人だったのか?」 「!うるさいっ」 「だから、寂しかったのか?」 「黙れ!貴様に何が、何が分かる!」 黙れ。悪魔はそう叫びながら龍夜を睨んだ。 狼狽する姿からして、図星なのだろう。その姿を見ていて、悪魔というより人間みたいだと思った。一人が嫌だなんて、悪魔らしくない。でも、なんとなく同情した。 龍夜も、一人だったから。 そんな龍夜の心情を表情から感じたのか、悪魔はだんだんと勢いをなくしていき、呟くように言った。 「……そうだ。私はいつも一人だった。ちょっと同じやつらより強かっただけなのに…!それだけで、私は孤立していった。私が何をした?何もしていないだろう?なのに…」 だから、同じ一人のやつらを友達にしたかった。一人は嫌だった。だから、人間の子供達に憑いた。 吐き出される悪魔の言葉に燐は重ねるところがあったらしく、悪魔を戸惑いがちに見ている。割り切れないのが普通だ。けれど、同情と感情移入は違う。 悪魔に同情するのはいい。だが、感情移入してはいけない。判断が遅れてしまうから。 だから、俺は。 「なら、楽にしてやるよ」 発された龍夜の言葉に顔を上げた悪魔に変わらずに突きつけられている銃。その後ろにある龍夜の目に迷いはない。祓魔師の哀れみだけが、揺らめく。 龍夜は再び悪魔に言う。 「楽にしてやる。孤独から」 死ねば、楽になる。 一人なんかに縛られなくなる。思考さえ溶けてなくなるから。 人間じみたその逃避法に、悪魔はしばらく呆然となって。やがて頷いた。 頼む それだけを呟いて、悪魔は少女から離れた。倒れる少女を燐が慌てて受け止める。生きてる。燐がそう言ったのを確認して、龍夜は離れた悪魔を撃った。躊躇うことなく。 一つの発砲音の後、消えた悪魔は、静かな笑みを讃えていた。 「幸せかよ」 生きていた方が幸せなのか、死んだ方が幸せなのか。そいつ次第なのかもしれないが。 あいつは幸せだったのか。あいつじゃないから、俺には分からない。でも、虚しい。感情移入なんて、したつもりはないのに。 幸せだったかよ、悪魔 そう呟いて、龍夜の意識は途切れた。 ありがとう (さよならをそっと込めて微笑んだ悪魔) prev:top:next |