23.その男、覚悟 燐達が寝静まったのを確認し、龍夜はある部屋へ向かう。彼らには聞かせるわけにはいかない。いくら信頼していようとも、立場上仕方ない。本当は関わらせたくないというエゴなのかもしれない。 泊まっている旅館の一角の部屋に着いた龍夜は無機質な声で淡々と襖に告げる。 「坂本龍夜」 「龍夜か、入りよし」 襖越し返ってきた声に龍夜は襖を引いた。そこには明陀でも位が高いであろう人物達が重苦しそうな表情で龍夜を見ていた。それは致し方ないことなのだろうと龍夜は思う。本当は彼らは今にでも京都を救いたいと願っている。それでも対策も原因も何もかも手探りの今は、歯痒くても止まるしかない。 そんなことを思いながら龍夜は用意されていた席に座った。 それを確認した八百造が重々しい口を開いた。 「今回、集まってもろたんは…言わんでも分かるな?」 「霊の大量発生、及びその被害についてですよね?」 「ああ…。事態は深刻や。一般人にまで被害が出てるそうや」 霊の大量発生。 それこそ龍夜達が京都に来た理由でもある。龍夜は八百造達の会話に耳を傾けながら内心あの少女のことを考えた。あの少女はただ者じゃない。恐らく、悪魔の類い。あの威圧感からしてそれそうの。人間の少女にでも憑依しているのだろうか。そしてとおりゃんせ≠ニいう唄。霊の大量発生と関連性があるように思えてならない。 …なら、どんな? 「龍夜、龍夜」 「んぁ?」 「…珍しいな、お前が話聞いとらんなんて」 名前を呼ばれてハッとすれば、柔造と八百造の呆れたような視線が龍夜を見ていた。…どうやら、思考に浸りすぎていたらしい。悪い、と八百造に返し彼に向き直る。八百造は疲れたような溜め息を吐いたが、先ほどの言葉を繰り返す。 「お前、和尚になんや頼んどったやろ。なんか知っとるんか?」 「あ─…。確証はねぇけど」 「なんやと!龍夜、確証あらへんでもええから…っ」 「落ち着け柔造。お前らが必死になるのは分かるが…焦って何になる?何か解決するのか?あ?」 諭すような龍夜の声色に柔造は何も言えなかった。龍夜の言うことはもっともなのだから。周りも口を一文字に結び俯く。己の無力さを悔いるかのように。唯一、俯いていない達磨は龍夜をじっと見て次の言葉を待っている。動じず、受け入れているのだ。そういうところが、明陀の頭としてしっかりしている。龍夜は長く息を吐き出したあと、言葉を続けた。 「俺はあんたらには恩義がある。できるだけ手助けしてやる。ただし、未来を決めるのはあんたらだ。」 「!」 「まあ、俺も任務で来てんだ。これが終わらねぇとあっちがうるせぇからな。やることはやるさ」 恩返しって言ったら聞こえがいいか? そう言って、ふ、と笑う。それに八百造達もようやく表情を緩めた。そんな龍夜を見ながら年長者である明陀の祓魔師達は内心、変わったものだと呟く。変わったものだ。あんなに小さかった少年が、ここまで立派になったのかと。 知らなくていい。 悲しんだことも。 苦しんだことも。 今はただ、満ち足りているから。それをくれたのは紛れもないジジィとあんたらと、あいつらで。 たとえ、背を撫でる風に翼をもがれたとしても、そうしていつの日か飛び方を忘れたとしても、幾つもの咎が俺を縛り付けていたとしても 守るために それだけは忘れなかったから ありがとう。 その言葉の代わりに。 俺は。 研きあげたこの白銀の牙、漆黒の爪、守るために使いましょうぞ 「まずは─…」 Give no quarter (首輪は、もうない) *Give no quarter …容赦しない prev:top:next |