祓 | ナノ
17.その男、馳せる


「京都、ねぇ」

懐かしむように呟く。
記憶の海に思考を浸らせる。

龍夜は京都には行ったことがある。藤本がまだ生きていた頃だ。たしか、明陀宗といったか、そんな仏教の教えを守る寺に修業をしてこいと放り込まれたのだ。知り合いがいるから安心しろと言われたが、安心出来るわけない。
けれど、そんな経験があるからこそ、資格は持っていないが龍夜は詠唱騎士の真似事ができる。得意ではないが。それに友人達もできた。運が良ければ会えるかもしれないなと龍夜は小さく笑う。任務を忘れたわけではないが、会ってみたくもある。もうしばらく彼らに会っていない。
あのあと、すぐにヴァチカンに送られてしまったのだから仕方がないが。

元気でやっているのだろうかあいつらは。そう遠い地の彼らに思いを馳せる。燐ではないが、龍夜自身京都への任務は僅かながら楽しみでもあるのだ。

それと同時に気がかりでも。

「霊の大量発生、な」

呟くのはメフィストから言われたそれ。
龍夜の表情が僅かに強ばり、きゅ、と眉がひそめられる。

龍夜がヴァチカンにいたときはそんな事例は聞いたことがない。しかも大して力を持つわけでもない霊が、あちらの力がある祓魔師でも手に負えないとなると些か妙だ。
思い当たることといえば、何者かの関与。それも力がある者の。それが悪魔でも厄介だが、人間だとなお厄介なのだ。人間というのはある意味悪魔よりも質が悪いことを仕出かすものだ。あの不浄王の事件のように。

本当に愚かなのは人間なのかもしれない。歪み憎しみ合い、それが悪魔を引き寄せる。

今回の件がそうでないことを祈るしかない。神など信じたことはないが。これからもきっと。そう京都に彼らに言えばどやされそうだな。
龍夜は小さく息を吐き出すと、スッと目を閉じる。

頭の中のいくつもの資料を洗いざらい思い出す。霊の大量発生と関わりがありそうなものをすべて。できるだけ多く。長い間、龍夜の部屋を沈黙が包む。

そして、龍夜はしばらく考え込んだあと、閉じていた目を開く。頼りになりそうな話が見つかったからではない。目の前に気配を感じたからだ。
龍夜の視界に赤犬の戒が現れ、龍夜にすりよる。…また、勝手に。
呆れながら戒の頭を撫でれば、戒が不意に龍夜に言う。

「その件、とおりゃんせかもしれないな」

「…とおりゃんせ…か?」

その聞きなれない単語に小首を傾げる。たしか、記憶が正しければ日本の遊び。または唄だ。詳しくは知らない。戒に尋ねようとすれば彼はもう眠っている。なんと勝手なことか。狸寝入りだとは気付いているが。知らないのなら見栄を張らねば良いものを。

龍夜は呆れ気味に、むぅ、と唸ったが、やがて、携帯を開きある番号に電話をかける。あいつなら、知っているかもしれないと考えたから。

「よぉ、龍夜だ。聞いてるかもしれねえが今回京都(そっち)に任務で行くことになった。世話になるかもな。それで、調べてほしいことがあんだ。


──…とおりゃんせ、について」

そう告げたあと、龍夜は何もない空を睨んだ。






虚像の向こうの実体
(真実を見据える術を俺は持たない)


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