祓 | ナノ
14.その男、悩む


 どんどんと空になっていく瓶や缶に龍夜は呆れるしかない。

「シュラ、飲みすぎじゃね?」

「ふつーだっつーの」

「お前の普通は普通じゃねえんだよ」

だから嫌だった。
シュラから飲もうと言われるときは大概ろくなことにならないのだ。シュラは馬鹿みたいに酒を飲む。それだけならまだしも、酒に強いわけではないため、酔う。後始末は全て龍夜に回ってくるのだから堪ったものではない。だからあのあと、飲もうと言われたとき断ったのだが。結局、こうなってしまった。どうにもシュラの押しには敵わないのだ。今も昔も。

はぁ、と額を押さえる龍夜。そんな彼を見ていたシュラが唐突にへにゃりと笑いながら、

「なぁ、龍ちゃん。」

誰が龍ちゃんだ。
その呼び名に龍夜の表情が引きつる。龍ちゃん、シュラが龍夜をからかってくる時の渾名だ。嫌な予感しかしない。酔っているのなら尚更に。もはや諦めた表情の龍夜。だが、シュラが発した言葉は龍夜の予想を裏切るものだった。空になった缶を見つめながら、シュラが口を開く。

「お前さぁ〜、燐と相棒やってんだろ?あんまアイツに心配かけさせんなよ」

「あ?んだよ、いきなり」

龍夜はいぶかしむように目を細めた。酔っている、せいではないようだ。
そんな龍夜を気にせずシュラは続ける。

「さっきアイツ見たんだけどさ、辛気臭い顔してたぞ。十中八九お前のことだろ」

「なんで分かるんだ」

「んにゃ、カン」

にゃはは、と笑うシュラに龍夜は苛立たしげに持っていた缶を握り潰した。嫌な音をたてて缶が潰れる。だが、龍夜は長く息を吐き出し、後ろに寄りかかる。反論してこない龍夜を不思議に思ったのか、シュラが龍夜を見る。龍夜が、ふっと笑った。口元がやんわりと三日月を描く。

「んなこと、分かってる。奥村は人一倍他を気にするやつだってのは。だからこそ赤の他人にも好かれる。でも同情し過ぎだ。あれじゃ、いつか潰れる。ジジィは割り切れてた。けどアイツはそうじゃない。まだガキだ」

「…かもな。昔のお前とは大違い」

「るせぇよ。否定はしねぇけどよ。だからこそ、隠してるつもりだった。過去も、な。」

結局、悟られちまったけどな。と苦笑いを溢す。シュラは静かに龍夜の言葉を待つ。シュラは知っている。龍夜の言う、彼の過去を。龍夜が一番知られたくないであろうそれ。龍夜が自身から語ることはまずない。
でもな、と龍夜。

「なんつーか、無理なんだよ。あいつ、ジジィに重なって、どうにも隠しきれそうにねえ。結果がお前が見た奥村だろうな」

「…つまり、」

「分からねぇんだ。俺は優しくするすべも励ますすべも持たない。狩ることしか知らねえから。お前みたいに、器用じゃねえから。結局、俺は奥村達をジジィみてえに支えてはやれねぇんだ。ジジィの大切なガキ達だから、支えてやろうって思うんだけどな。どうにも上手くいかねぇ」

シジィの墓石に約束したはずなのに。
龍夜は泣きそうな、壊れてしまいそうな笑みを浮かべる。ああ、弱い。シュラは内心呟く。成長したところもあるが、弱いところも変わっていないのだ。まるであの頃の燐のようだ。暗闇の泥沼で、落ちないようにと必死に足掻く。
…まったく、手がかかる弟だ。

小さく笑みを溢したシュラは立ち上がると、龍夜の傍に寄る。そして不思議な顔をしてこちらを見てくる龍夜の頭をわしゃわしゃと撫でる。

「っな、なんだよいきなり」

疑るような龍夜の視線にシュラは平然と言い返す。

「お前馬鹿だろ。」

「はあ?」

「悩む必要なんてねーんだよ。お前はちゃんと助けるすべを持ってるんだからな。

獅郎の息子だから、だとか考えなくていい。普通に接してやればいい。友人として、仲間としてな。それが人を助けるんだよ、龍ちゃん」

そう言って、シュラはまた笑う。

龍夜は何事も自分を変えない。それでどれほど私は、獅郎は救われてきたか。きっと奥村兄弟も。だから、今度はお前が救われる番だろう。約束なんて重み、背負わなくていい。獅郎だって、そう望んでいるさ。

シュラの言葉に、龍夜はしばらく呆然としたあと、ニヤリといつもの笑みを向けた。泣きそうだったのはきっと嬉しかったから。重かった何か。それがとれたような気がして。

「うっせ。…でも、あんがとな。シュラ」

いつかの約束が、戒めとなってお前の足に絡みついたのだろう。でも、もうそれをお前が背負う必要はないのだ。
だって、お前は一人じゃないから。






この光を頼りにおいで
(今はもう、お前は一人じゃねぇんだ)


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