12.その男、虚飾 災難だ、と龍夜はそっぽを向いた。彼の目の前には奥村雪男。燐の双子の弟がいる。雪男の視線が突き刺さるようだ。そうでなくとも、説教がくどくどと長ったらしいというのに。なぜ兄弟でこうも性格が違うのだろうかと不思議に思う。 「だいたい、なんでこんなになるまで放って置いたんですか」 「…うっせ。普通白狐が狐神だとは思わねぇんだよ」 「…貴方を見ていると兄を思い出しますよ」 はぁ、と呆れたように溜め息を吐く雪男に龍夜は苦虫を噛み潰したような顔をする。 メフィストも苦手だが雪男も苦手だ。心配性なせいなのだろうが、説教まで付いてくるのだから。だいたい、年下だろうが。そう言えば、あなたよりは精神年齢は上ですよと返されたのが記憶に新しい。笑顔で言ってくるのだから質が悪い。そもそも、痛みが引かない腕をこいつに見せたのが運の尽きだったのかもしれない。長々と説教されながらの治療。嫌になる。 神に傷付けられれば神気に当てられる。神の強さが上であればあるほど神気は強い。傷にも響くというものだ。結果が今の龍夜なのだから。あの白狐はそれなりの力を持つ狐神だったのだ。 完全に己の失態なのだから、言い返す言葉が見つからず龍夜は無言で雪男の治療を見つめていた。言わぬが仏だろう。苦し紛れにそう言い聞かせた。 そんな龍夜に雪男は呆れたように言う。 「……貴方には祓魔師としていろいろ教えてもらいましたが、貴方は学びませんね」 「また嫌味かよ」 「違います。…貴方は兄を人としてあっさり受け入れてくれたと聞きました。少なくとも貴方は兄にとって大切な支えだ。僕にも。ちょっとは体を大事にしてください」 その言葉に龍夜は黙り込んだ。 分かってる。雪男の説教がすべて心配から来ることも。藤本にもよく説教されたものだ。だからこそ、苦手なのだ。嫌ほどそれが分かっているから。 「…分かってる。それでも俺みたいなのは先頭きって戦わなきゃなんねぇ。仕方ねえんだよ」 龍夜は上一級祓魔師。それも部隊長などにつくこともある。いつも死とは隣り合わせだ。本人がそれは一番よく分かっている。それが避けられない、どうしようもないことなのだとも。 雪男は龍夜の言葉に苦笑いを溢す。 「貴方らしいですね。でも、死ぬつもりもないんでしょう?」 「分かってんじゃねーか。安心しとけ、そうそうにくたばったりしねえから」 治療を終え、苦笑いを向けてくる雪男に龍夜はニヤリと笑い返す。 死ぬわけにはいかない。 泣いて見送られるのはごめんだ。大切なやつらを泣かせて堪えられるほど、俺は強くないのだから。 …泣く強さすら持ち合わせていないのだ。 ああ、でも、泣くという行為が感情を押し流してくれたなら或いはよかったのかもしれない …泣いたことなんて、ないんだ。 ただ許諾の時を待つ (首輪を外され、よしと言われるのを) 言ってくれる人間はもういない prev:top:next |