11.その男、語る ガキンと、鈍い音をたてて二本の木刀が交わり、離れる。それが何度も繰り返される。 「奥村、まだ甘いな」 「ッ─」 龍夜はニヤリと笑うと、一瞬固まった燐の懐に素早く入り込むと刀を燐の首元に添えた。とたんに燐は悔しげに表情を歪ませた。なぜ二人が木刀とはいえ刃を交わらせているのか。それは数十分前のことだ。シュラと別れた龍夜は特にすることもなく学園内を彷徨いていた。そもそもいつもが忙しすぎるのだ。 そこで会ったのが燐だ。燐は龍夜に近づくと、 「龍夜!お、俺に刀を教えてくれ!」 その言葉に龍夜は首を傾げた。なぜなら燐はとうにシュラに刀を教わっているはず。ならば龍夜が教える必要性はないのではないか。そう伝えれば、燐は首を振り、 「それじゃダメなんだ…。あんたに並ぶためには…」 「…もしかして、任務のことか?それは」 「っそうだよ!お、俺は悪魔だから傷なんかすぐ治っちまう。けど、龍夜は人だろ?下手したら死んじまうじゃねえか!俺は、俺のせいで誰かが死ぬのは嫌なんだよ…!だから、強くなりてぇんだ」 燐の瞳は、揺れながら龍夜を見る。…嘘つき。そんな面をしておいて、それが本心なわけないだろうに。その言葉に龍夜は一瞬固まったが、すぐに目を細めた。今更気が付いた名前呼びの件は置いておく。 「理由は分かった。でもよ、奥村。悪魔だから傷なんか気にしねぇで戦うっつってんなよ?」 「え…?」 龍夜の予想外の言葉に燐は目を白黒させる。こんな言葉を言われるとは思いもよらなかった。だが、龍夜の目と声音は真剣味を帯びていて、からかいではないと分かる。思わず言葉を飲み込んだ。 龍夜は続ける。 「悪魔だからつっても、お前は人間でもあるんだ。丈夫でも死ぬ。自分の大切さが分からねぇやつに、刀を教える気はねぇ。」 恐らく、今のままの燐に強さを教えればそれこそ兵器になりかねない。それではメフィストの思惑通りではないか。龍夜は彼の思惑通りになるのが気に食わない。だが、それ以上に藤本の遺産の燐が、彼が人から離れていくのが嫌だった。藤本もそれを望むだろう。口ではああ言っていたが、内心ではきっと。…父子そろって嘘が下手だ。 「奥村、お前にも大切なやつはいるだろ?」 「あ、ああ」 「なら、そいつらにとってもお前は大切なんだろ?お前が傷付けば悲しむんじゃねえのか?そういうことを踏まえて、自身と周りを守るために刀を取るのなら、教えてやってもいい」 どうする?と視線で訴えてきた龍夜に燐は静かに頷いた。龍夜の、心髄を垣間見た気がした。 そして冒頭に戻る。 刀を交えてかれこれ四時間は経つ。龍夜は大して息を乱していないが、燐は動きが大分遅くなっている。燐に必要なのは強靭な体力か、と龍夜は考える。 そして向かってきた燐の一太刀を交わす。 「まだまだっ」 「右ががら空きだ。刀だけで戦うんじゃねえって言ってんだろ」 「グッっ」 「…言わんこっちゃねえな」 もう一度振りかぶってきた燐の木刀を流すとそのまま回し蹴りを横腹に食らわす。燐は身を捩ったようだが、完全には受け身が取れなかったようで、ゲホゲホと噎(む)せた。 龍夜は溜め息を吐くと、燐に歩み寄る。そして、こちらを見上げてきた彼に告げる。 「ひとまず、今日はここまでだ」 「っまだ!」 「急いだって強くはなれねぇよ。また付き合ってやっから、今日は止めだ」 「……分かったよ」 しぶしぶ頷く燐の頭を軽く小突くと、小さく呟いた。 「強くなっても、守れねぇもんもあるがな…」 聞き取れなかった燐は首を傾げたが龍夜は苦笑いを返しただけだった。 ささやかでちっぽけでくだらなくてそれでも大切に掻き抱いて護っていた筈なのに、どうしてそれはいつも俺の腕をすり抜けていってしまうのだろうか。 (守る強さなんて、俺が知りてぇよ) たくさんのものを失って。それでも強くありたいと俺は願うのだ。 行き場を失した想い (燻って、溶けて消えた) prev:top:next |