それでいい
「三成殿の微笑んだ顔が大好きでござる」
そう言って倖せそうにふにゃりと笑う幸村に、佐助は首を傾げた。
いつも無表情であるあの三成が表情を変えるとしたら、佐助は怒った表情しか見た事がないように思える。
素直にそれを伝えればニコニコと笑顔を崩さないまま、
「最近、微笑んでくれる様になったのだ」
と言われた。
あまりにも嬉しそうに言う己の主である幸村に、それ以上何も言えなかった。
それからというもの、三成に話しかける事があれば表情を窺ってみた。
しかしやはりというべきか、三成の表情は変わらず無表情だ。
他の人と三成が話している時も観察してみたが、大谷といる時は少しは表情が柔らかい気がするがやはり誰の前でも微笑んだ所は見られなかった。
「やっぱ旦那ぁ、幻でも見たんじゃないの?」
「なにがだ?」
「石田の旦那が微笑んでるとこ」
見た事がないから一度妄想してみた佐助だが、全く想像できなかった。
そんな佐助に幸村は、失礼な!、と大声を出す。
そして佐助に何か口を開こうとした所で、今ちょうど話題にしていた三成が前からやってきた。
「幸村、廊下のど真ん中で騒ぐな」
「三成殿っ!」
三成に名前を呼ばれた幸村は、佐助に向けていた視線を三成にやり駆け足で近付く。
佐助もついて行き様子をみる事にした。
「今、暇か?」
「暇でござる!」
(あれ、稽古すんじゃなかったの?)
「そうか…今から町へ下りるが貴様も来るか?」
「行きまする!!」
さっきまで庭で稽古をすると言って張り切っていた幸村は、三成の一言ですんなり変わった。
そしてニコニコと笑顔を向ける幸村が肯定の返事を返したところで、三成が小さく微笑んだ。
そう、微笑んだ、のだ。
あんなに観察していて誰にも微笑んでいなかった三成が、幸村に向けて微笑んでいた。
いや、幸村にだけだろう。
佐助が驚いていても気付いてないのか、二人で会話は続いている。
ほんのり幸村の頬が赤くなってるのは気のせいだろうか。
もしかしたら自分も赤くなってしまっているかもしれない。
だって、あんなに柔らかく綺麗に微笑むだなんて。
「佐助!佐助!!」
「!あ、あぁ…何?」
「三成殿と町へ行ってまいる!」
「あー、はいはい。行ってらっしゃい」
手を軽く振って見送れば、先に踵を返して歩き出そうとしていた三成が、佐助に聞こえるか聞こえないかの声で
「行ってくる」
と、言った。
それにも佐助は驚いた。
そして幸村はブンブンと豪快に手を振って元気よく、行ってまいる!!、と佐助に言ってから急いで三成の元へ行く。
その幸村の後ろ姿がまるで大型の犬のように見えて可笑しかったが幸村が、三成殿!、と呼べば幸村の歩調に合わせた三成にまた驚きを隠せなかった。
遠くからでも幸村のはしゃぎ様がわかる。あんな楽しそう、というか照れながらも嬉しそうにしている幸村なんて初めてかもしれない。
(大将…旦那にもようやく春がきたようです)
二人が倖せなら
それでいい