※学パロ
※雪男は数学の先生


カリカリとシャープペンシルを握る手を必死にノートの上で動かしながら黒板に書かれている文字の羅列を写した。しかしその文字なんかより自分の視線の半分以上は、黒板にすらすらと数字を書いていく先生で、正直白い文字には興味なんて無かった。将来あまり使わなそうな数式なんて、と片隅で叫びたくなるような訳が分からない授業は普段ならエスケープするかサボるかのどっちかなのに、新任の先生になってからと言うもの、サボリ魔な自分が真面目に授業に出るなんて、自分に対する暴挙に出てしまい、ただ今絶賛ちんぷんかんぷんなう。と現代風に言ってみる。

「じゃあ、この数式の答えを」

先生の視線が生徒側に移る。がっつり視線を送っていた私と目が合うのは簡単で、すぐさま机に広げていたノートと教科書に視線を移して誤魔化すが、やはりと言うべきか当たり前の如く先生に当てられてしまった。

「名字さんお願いします」
「…えーと、」

ふと黒板に目を移す。瞬間並んでいる数字を見て数秒で脳内で詰まってしまった。教室内で沈黙が続き、非常に息が詰まる。だんだん冷や汗が出てきて本格的に他の生徒の視線が痛くなってきた。

「え、と…」

再び沈黙。耐えきれず、勝手に足し算なりなんなりして先生に呆れられて答えを言ってもらえばいいやと考え、それっぽい事を言った。

「19!」

我ながら少し頭の悪い回答をしてしまったと発言した数秒後、後悔した。隣の席の志摩が笑いを堪えていたので後で殴ってやる事を心に誓い先生を見た。

「違います」
「…」

そもそも2桁の答えになるような数字は出てきませんよね、はい。何て思いながらも口は閉じたまま、分からないと言う意味で首を横に振った。呆れたように解説を始め、その後も先生は淡々と授業を進めていった。それからも先生を見てはいたけど授業は全く聞いてなかったから意味は無かった。授業よりそれ以上に先生の事を無意味に考えてしまって、英語なんてものは全部耳から流れていった。隣から志摩が話し掛けられた。さっきの発言を嘲笑うように話題に出す。いい加減恥ずかしいからやめてくれ掘り起こさないでくれ、と返すとまた神経を逆撫でするように笑われた。

「名字さんて天然です?」
「ち、違うし、授業が難しいだけだし」
「志摩君と名字さん、私語は休み時間にお願いしますね」

奥村先生に注意された。 そんな大きな声で話していたつもりはないが心臓がびくりと跳ね、嫌な汗が出てきた。先生からしたら相当悪い印象が持たれてしまったみたいで少しだけ胸が痛くなった。小さくため息をついたら志摩が机のとんとんと控えめに叩き、志摩自身のノートの端を覗かせてきた。

「…?」

ノートに書かれた文字を見て再び心臓が跳ねる。思考回路はショート寸前で、キャパシティの容量は遥かにオーバーした。隣でニヤニヤと笑みを浮かべる志摩が非常に憎くなるが、脳内の思考は止まらない。女の子は噂に弱い、と言うか落ちた砂糖に群がる蟻のように群れて、持ち帰って、そんで広がる。まさにそんな感じ。だって私も女の子。驚愕するような全ての出来事や体験談などを聞いた女子はヤバいとかそんな言葉しか使わないけど、まさにヤバい、私はヤバい奴だ。鐘の音が授業終了を告げたと同時に立ち上がる。志摩の嘘かもしれないのに、志摩に踊らされてるだけの舞い上がった阿呆かもしれないけど、若さゆえに突っ走ってノリで童貞捨てるような男子のように、私は走った。いや、なんだか生々しいし可愛い表現ではないからつい暴走しちゃう乙女と言う捉え方をすることにした。

「好きです、ゆきお先生!」

自分の中で、遠回しな言い方は、相手が理解しないと思ったので日本語で分かりやすく言ったつもりで。下の名前で言った。だからなのか私を見た先生は、笑った。

「知ってます」
「え」
「若さって良いですね。あんな嘘かもしれない事を言われただけで、思いを伝えるなんて無謀な事が出来て」
「あ、すいません…」

確信犯。先生はそういう人だった、授業で散々分かっていたのに急に恥ずかしさが私に降りかかった。顔に熱が集まりオーバーヒートさせてから思考回路を溶かしていった。これじゃピエロじゃないか、よし次会ったら志摩殺す。そうして数秒の沈黙に耐えかねた私は子どもみたいな事を言ってしまった。


「返事!返事を下さい!」

「僕も少し冒険してみたいと思ってました」
「先生!それって!」
「どうぞ、ちょっとしたプレゼントです」

やっぱり先生は大人で、子どもの扱い方を知っている保父さんみたいに飴を与える代わりに鞭をやるように、微笑みと、とても難しい課題を出した。開けば私の大嫌いな数字とか記号がずらりと並んだ参考書で、やっぱりからかっただけだったのか頭の悪い生徒へのただの嫌がらせなのかそろそろ分からなくなってきた。

「それ、全部出来たら」
「出来たら?」
「考えてあげなくもない」
「付き合って下さいよ!」
「テスト次第ですね。赤点免れたら良いですよ」
「言ったな!じゃあ次のテスト100点取ったらキスして下さいね!」
「せいぜい頑張って下さい」

先生、見てて下さいね。いつかロリコンと笑われる姿にしてやりますので。胸に秘めていたものが全部はじけた。炭酸がしゅわりとはじけて、浮かぶそんな気持ちが飲み干されて無くなって継ぎ足されたような、そんな日で。小さな戦争が胸の中で始まった。


2012.01.10

ぷち企画の雪男先生。
アホっぽい題名は使用です