眠れない、と猫が僕の近くで寄り添ってきたように、ぐっすりと眠りに落ちていた僕を目覚めさせたのは着信を知らせる暗闇を照らす携帯のディスプレイと心地良く睡眠を破壊したメロディ。見た瞬間カーディガンを羽織って兄さんを起こさないように外へ出た。肌寒い寮を抜け、目的の部屋に向かい控え目にノックをすると数秒もしないうちにドアが開いた。薄い毛布を肩にかけて少しだけ申し訳なさそうに見上げる名前が視界に入る。ごめんね、と暗闇に消えそうな細い声で呟かれたが半分僕の下心を含め、何を申し訳なくしてるの、と返しながら部屋に入った。

「はい、」
「ありがとう」

眠剤と水を与えると、手に渡った錠剤を口に含めた。彼女の喉を通る薬がやけに疎ましく感じる。睡眠を与える薬の味はどう?なんて薬に味も何もないか。既に眠い僕には、眠くない苦しみが正直分からない、それを理解するのに必死だ。彼女が睡眠に溺れようと必死なように、僕も彼女に尽くすのに必死で。深夜2時過ぎに鳴る携帯に、自分の睡眠を壊される事が、必要とされていることにリンクしているみたいで、いつの間にか嬉しさを覚えていたようだ。薬を飲んだのを確認すると名前をベッドに横にさせて、眠い目を必死にこすりベッドの隣に椅子を置き腰を下ろした。

「布団つめたい…さむい」
「もう少ししたら暖かくなるよ」
「ん、手」

僕の指を求めて、白い手が宙をさまよう。やっと繋がる手に目を細めて微笑む姿は猫のようだった。それにしても血が通ってないかと錯覚するくらい冷たい手が僕の指の体温を奪っていく。なんなら体全部の体温を分けてあげたい。冷たくなってしまった手を離し、布団が掛かってる肩らへんをぽんぽんと優しくしてやった。これをすると大体名前が眠りに落ちて、僕の役目が終わる。少しだけ寂しいがこれで、彼女が朝ちゃんと起きられるから良いのだ。そして僕ももう一度寮に戻り、眠りにつく。

「雪男、布団入って」
「え?」
「寒いから一緒に寝たい」

僕の半分の下心がわかったように、彼女は体温を求めた。ゆっくりと、少し狭いベッドを軋ませて布団を共有する。なんだかわるいことをしてる子どものような気分になり、胸のあたりがむず痒くなる。ふわふわと綿が刺激するような感覚に恥ずかしくなっていたらそれを引き裂くかのように、彼女は僕を抱き締めた。抱き枕を見つけた子どものように、胴体に腕を巻き、足を絡めて、僕の温かさを貪られた。

「ん、名前…?」
「雪男あったかい、あと大きい、重い」
「あ、と、ごめん、」
「ん、おやすみ」

おやすみなさい。その言葉が耳に入った瞬間先ほどの葛藤が嘘のように全て一瞬で消え、睡魔が優しく暖かくなった布団と名前と一緒に体中を包み込んだ。僕に絡みつく小さな体を抱き返して、朝まで眠りを共有した。





2011.12.1
眠れない夜にはお部屋に一体、雪男くん