小説 | ナノ
 犯人はどこかへ行ってしまって、この監禁部屋のような所はまた静寂に包まれる。人がいるのに静かというのも、それまでの一人ぼっちより疲れる。かといって誘拐されるような人と仲良く話せるかわからないし(人のこと言えないけど)、まずこの人は声を出せないようにされていそうだった。1人で何か喋るなんて問題外だ。太宰さんじゃあるまいし。

 太宰さん……本当に、あの人と関わったせいで誘拐されたんだろうか?他に思い当たる人はいないし、まあ確かに何してるかわからない怪しい人だけれど、人質を取られるような仕事をしているんだろうか…?どちらかといえば人妻に声掛けたりして主人が怒って復讐に、の方が想像できる。有り得そう、そんな理由で誘拐はされたくなかった。まだ決まったわけじゃないけど。

 一体いつになったら助けが来るのだろう。本当に来るのだろうか。私を助けに、というのはなかなか無さそう。悲しいことに一人暮らしだから気付かれないかもしれないし、学校も無断欠席しても誘拐なんてさすがに思わないだろうし、連絡が付かなくても体調が悪いのかな、で済まされてしまいそうだ。
 もう一人の人質さんの方はお仲間がどうのって言われていたし、人質にされてる事には気付かれていそうだ。この人の仲間が助けに来てくれるか、軍警に連絡してくれて助けがくるというのが一番可能性が高い気がする。できれば安心と信頼の軍警であって欲しいが、最悪誰でもいいから助けて欲しい。このまま何日もなんて人質にされていたら気が狂いそうだ。せめて話し相手とか欲しい。




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 また車の音がする。さすがに音だけで区別できるほど耳がいいわけないからわからないけれど、この前と同じくサイレンは聞こえないから犯人だろうか。
騒がしい足音と扉の開く音にまた体が固くなる。隣の人質さんも警戒してるのか、息を呑む音がした。

「移動するぞ、立て」

 隣の人質さんが立たされて引き摺られるように歩かされているようだ。私もかと身構えていると、後ろで縛られていた二の腕あたりを捕まれ、立たされる。結構痛くて思わず呻いたけれど無視されてしまった。ずるずると引っ張っぱられ、強引に足を進めて外に出た。半日くらいしか経っていないだろうと思うが、空気を美味しく感じる。私を引っ張っていた犯人が手を離して離れたので、その場で立ち止まって感動していたけれど、まだ助かったわけではないんだった。目隠しのせいで何も見えないから場所もわからないなぁと思いつつも頭を動かしてしまう。もたもたすんじゃねぇ、と声が前方から聞こえてそちらに数歩進むと、また捕まれて車の中に押し込まれる。なかなか窮屈で、たぶん人質さんと思われる人と肩がぶつかっているけれど文句も言えないし我慢する。
 がたがたと揺れる車にどのくらい乗っていただろうか、一時間も経ってはいないと思うけれど、今までの人質生活(?)で体内時計はまったく参考にならない。到着したらしく車が止まり、背中を押されて歩く。躓いて転びそうになると舌打ちされ、いやなら目隠しを外してくれればいいのに、口に出せるはずなく歩いて、建物の中に入っていく。
 今度はどこかの部屋の中のようなところで、気づけばもう一人の人質さんは別の場所にいるのか、私の腕を引いているこの犯人の立てる足音しか聞こえない。

「座れ」

 と言われ椅子があるのかもわからないので困惑していると、ぐいっと肩を押され膝が曲がって座らされた。背もたれもあるし、床よりは座り心地がいいし、何より人質っぽいなぁなんてぼーっと考えていたら、どこかから悲鳴が聞こえ体がこわばる。もしかして、なんて考えるまでもなくもう一人の人質さんだ。大丈夫、なわけないか、無事だろうか。私も殴られたりとか蹴られたりとか、それ以上にもっと何か、されたりするんだろうか。いやだ、怖い。誰か、助けて、太宰さん、

 ぴこん、と場違いに明るい音が鳴る。

「あーあー震えちゃって可哀そうに」

 犯人が動画を撮っているのか、煽るような言い方で何かごちゃごちゃと話しているがそれが耳に入らないくらい怖くて、ひたすら体を縮こませて震える。時折どこかからうめき声や大きな音、悲鳴が聞こえる度、体がビクつく。
 突然顎をつかんで上を向かされ、思わず息を呑んだ。

「怖くて声も出ないのかなぁ?この綺麗な顔を殴ったらさすがに幹部様も怒っちゃうかな〜?」

 ぎゅっと目を瞑って固まる。が、笑い声が聞こえるだけで衝撃が来ない。それはそれで怖くてやるなら早くしてくれ、なんて思っていると、またぴこんと音が鳴った。

「とりあえず君のほうは無傷なままだよーって動画送っておくから。まだ、ね?」

 声音が笑っていて、恐怖を感じる。まだ、と強調されるといつかはって考えてしまって不安でしかたない。気づけば悲鳴も聞こえなくなっていて、無事を祈るのみだ。

「助けに来てくれるといいねぇ」

 げらげらと笑いながらどこかへと去っていった。犯人がいなくなると何も音のしない真っ暗な世界に戻る。ずっと恐怖で固まっていたからか、少し力を抜いた途端気が遠のいて行った。




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 騒がしい音で目が覚めた。またもう一人の人質さんが酷い目に合わされているのか、と思ったがどうやら違うらしい。もっとどったんばったんというか、どかーんというか、とにかく大きな音が聞こえる。助けが来たんだろうか。建物が揺れて壁の崩れるような音も聞こえて、誘拐されておいて建物の下敷きになって死んだらどうしよう、なんて阿呆なことを考えた。

「おい!こっちに来い!!」

 犯人達だろう、男の怒鳴り声とともにそれまで以上の力で腕を捕まれ引っ張られる。痛い、と思わずまた言ってしまって、どうせ無視されると思ったのに予想は外れ、うるせぇ、と殴られた。しかも頬ではなく右目の横当たりだったからめちゃくちゃ痛い。生理的な涙が出るが、目隠しに全て吸収されていく。もう殴られないように、声を出してしまわないように、必死に唇を噛んで堪えた。
 聞こえていた音が大きくなって、広い場所についた事も分かった。振り回すように引っ張られた勢いのまま投げられ、床に倒れ込む。

「こっちには人質もいるんだぞ!!」

 私を連れてきたのとは違う犯人の声と、どさっと倒れ込む音が近くで聞こえて、もう一人の人質さんも連れてこられたことが分かった。髪を引っ張って上半身を起こされ、痛みで顔を歪ませる。勝ち誇ったような犯人達の笑い声。助けに来た人は、どうするんだろう。というか、誰なんだろう。

「人質がいるくらいで、俺達が躊躇うとでも思ったか?あ?」

 男性にしては高めの声で、背筋の凍るような事を言う。いや、躊躇って欲しい。というか人質を助けに来たんじゃなかったら何しに来たの。私の動揺と同じく、犯人達もちょっと怯えていて、困惑する。

「こ、こいつらがどうなってもいいのか!」

 私の髪を掴んでいた犯人が、目隠しを外した。急に明るくなった視界に驚き、下を向いてぎゅっと目を瞑る。 さっき殴られたところが痛くて眉間に皺がよる。眩しさに慣れてきて目を開けたらまた上を向かされ、助けなのかよく分からない人達の姿を捉えた。たった二人だった。眩しい橙色の髪に済んだ蒼い瞳、お洒落な帽子を被った黒い服の若い男の人。そして、もう一人。いつもと同じ、黒いスーツに黒い外套を羽織った、綺麗な顔の男の人。

「だざい、さん、」

 何を考えているのか全く分からない、昏い瞳をした太宰さんだった。やっぱり、太宰さんのせいで誘拐されたのか。納得しつつ、たった二人で助けに来るなんて無謀じゃないか、怪我をしてしまうかも、なんて思いながらこの人はそれくらいなんて事ないんだって思い出した。現に今、銃を向けられているのに何の感情もない顔のままだ。それはそれで怖い。本当に、人質がいようが、躊躇うことなく、犯人達を襲うと言うのだろうか。呆然と太宰さんを見つめていると、私ともう一人の人質さんに銃が向けられる。今初めて顔を見たが、父くらいの年齢の男性だった。かなり暴力を振るわれたのか、顔も服もボロボロで、見ているだけで痛々しい。この人だけは助けが来た、と思っていそうな表情をしていた。あの二人がそれだけ強いという事なのだろうか、それなら助かる可能性もあるかもしれない。

「それ以上こっちに来たら、こいつらを殺すぞ」

 犯人も怯えていて、私も黒く光るそれにまた体が震える。太宰さんじゃない方の人が一歩こちらに踏み出してきてもう一人の人質さんもさすがにぎょっとする。ぐいっと銃を頭に当てられて目を瞑る。

「待て、中也」

 場にそぐわないいつも通りの落ち着いた声音で、もう一人の人を静止する。目を開けて前を見ると、怪訝そうな顔で太宰さんを見る中也?さんと、それを無視してこちらを見つめる太宰さん。誰もが息を飲んで見ている中、思わず太宰さん、とまた名を呼んだ。

「大丈夫、必ず助けるよ。酔夏」

 そういって少しだけ微笑んだ後、また無表情に戻り、中也、と一言。呼ばれたその人は舌打ちを一つすると不敵に笑った。と思ったら、ぐっと踏み込んで飛んだ。そりゃもう、見事に、弾丸みたいに、すごいスピードで。犯人達、つまり私たちの方に。

「ひぃっ?!」

 情けない声を上げた男達が、飛んできた中也さんに向けて銃の引き金を引く。目を瞑る間もなくて、むしろ見開いたまま見てしまって驚いた。全ての弾丸が空中で静止していた。犯人達は悔しそうにしていて、もう一人の人質さんは安心したような顔をしていた。え、驚いているのは私だけ?弾丸は当たり前のように静止するものなのか?

「異能力だよ」

 一人混乱している私に説明するように、先程から一歩も動いていない太宰さんが言った。異能力、なんて初めて聞いた。そんな説明じゃ、さっぱり分からないのですが。文句の一つや二つや三つ言いたかったが何も出てこない。まあとにかくこの人がいれば私達は助かるんだ、ってことだけ分かって安心してぺたんと座り込んだ。ふと見渡せば犯人達が床に全員倒れていて、中也さんが太宰さんに何か怒鳴りつけていたけどどうでもよかった。もう一人の人質さんもほっとしたように息を吐いていた。人質同士、気の抜けた顔で笑いあって、良かったですね、なんて言っていたら。

 ぱん、と乾いた音がして。

 何か温かいものが私の顔や体にかかって。

 笑った顔のまま、どさっと床に崩れ落ちて。

「……え」

 その人が倒れて、視界が開けて、床に転がったまま銃を持った男がいるのが見えた。

「こいつらは何の異能力もねぇからな!」

 嘲笑って、また引き金を引こうとする犯人と、見たこともないような焦った顔の太宰さんがこちらに駆けてくるのが見えた。そんな顔、するんだ。どこか綺麗に作られた人形のように思っていたけれど、ちゃんと人間だったんだなぁ、なんて、失礼な事を考えた。

「っ酔夏!!」

 その記憶が最後で、この後どうなったのか、私は知らない。
 

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