小説 | ナノ
「ありがとうございました」

 放課後、担任の元で進路や就職についての面談をしていた。とはいえ、簡単に出版系に興味があることと、大学に行って本に関して学びたいということを伝えただけなので十五分ほどで終わったが。作さんとの会話で考えるようになった道だけれど、考えれば考えるほど、しっくりくる。今まで悩んでいたのが嘘みたいに。担任は一応優等生である私の方向性が定まったことに安心していた。「文学部卒だからなんだか嬉しいよ」と言った言葉に偽りはないようだった。今後も相談に乗ってくれるそうなので相談してよかった、と思いながら教室の扉を閉めた。

 太宰さんはいるだろうか。いつもよりは遅くなってしまったが、特に連絡はなかったので、今日はマフィアの方のお仕事が忙しいのかもしれない。ちら、と確認した携帯を鞄にしまって、靴を履き替えた。校門の方がなんだか騒がしい。もう部活動も始まっているだろうに、何かあったんだろうか、と怪訝に思いながら近づいていく。と、

「んふふ、私と心中したい可愛らしいお嬢さんはどちらかな?」

 ついさっきまで思い浮かべていた、聞き覚えのある声と、よくわからないが黄色い悲鳴が聞こえてきて溜息を吐いた。何してるんだあの人。これだけ人がいれば気付かれないだろう、そう思って通り過ぎようとしたのに、がしっと鞄を掴まれた。

「つれないなぁ、私は君を待っていたんだよ?酔夏」

 急に周りが静かになって、ぎぎぎと音がしそうなほどゆっくり後ろを振り返る。にっこりと笑って私の鞄を離す気配のない太宰さんと、それを囲うようにしていたであろう怖い顔をしている女子生徒数名が視界に入って、溜息を飲み込んだ。

「そうなんですか」

「そうだよ。扨て、一緒に帰ろうか」

 女子生徒にきゃあきゃあ言われてにこにこしていたというのに、まだ話しかけようと口を開きかけた子に冷たい視線を一瞬だけやって、黙らせていた。ああそういえばこの人マフィアだったな。そんな怖い顔しちゃって、他の子まで固まっている。この場に留まるのは女子生徒の精神衛生上よろしくないだろう。

「帰りましょうか」

 太宰さんは私の言葉に少しだけ驚いた顔をした後、さっきまでのにこにことは大違いの、嬉しそうな笑顔を見せた。さっとつい目を逸らしてしまって、不自然に思われないようにそのまま歩き出した。くすっと笑う声が聞こえたから気付かれていたかもしれない。先に歩き始めたのに身長の所為か、余裕で追いつかれて隣に並ぶ。会話はなくて、なんだか今日は落ち着かない気持ちになる。
 左肩にかけていた、太宰さんに掴まれていると思った鞄は、私の手を離れ太宰さんが持っていた。人質ならぬ物質と言うやつか、なんて頭の中で考えていないと顔に熱が集まりそうだった。やはり前よりも太宰さんに慣れたんだろうか。過去二回、動揺して何も考えられなかったはずなのに。私の手よりも少し大きくて硬くて暖かいなぁ、なんて繋がれた手をぎゅっと握り返した。





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ちょっと短くて申し訳ないのですが、ここまででアップしておきます。
酔夏さんと太宰さんの距離をじわじわと近づけていくスタイルです。
このくらいのもどかしい関係がすごく好きなんですよね〜〜完全に私の趣味。

現実の方の都合でしばらくお休みしようと思うので(春前まで)、こちらでその前の最終更新になります。
戻ってきたら続きばんばん書く予定です。
詳しくはtopのブログの方か、ツイッターを見ていただければと思います。


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