小説 | ナノ
 私を包むこの香りには覚えがあった。夕方、隣を歩く太宰さんからふわっと香るものだ。お腹の辺りが特に暖かくて、落ち着く香りに包まれて、まだ起きたくないと目を閉じたまま口許が緩むのを感じた。
 扉の開くような小さな音がして、足音がして、溜息が聞こえた。誰だろう、とまどろむ意識の中でぼんやりと考えてから、なんで私は寝ているんだっけ、と急に訳が分からなくなってはっきり目が覚めた。ばっと目を開いてたら、殴られた目の横が痛んで、お布団の中から手を出して触れるとそこには湿布のようなものが貼ってあった。横になったまま周りを見ると、小さな部屋のベッドに寝ていることが分かった。入口の扉には、先程の溜息の主であろう、中也さん?がいて、私が目を覚ましたのを見て驚いていた。

「あ……おはよう、こざいます?」

「お、おう、おはよう」

 何か言おうと思って口を着いたのはその言葉だった。いや、今起きた訳だから私からしたら正しい一言目なんだけれど、律義にもちゃんと返してくれた中也さんは「まあ夜だけどな」とちょっと笑いながら言っていて、優しい人だと思った。

「助けてくださってありがとうございました。えっと、中也、さん?」

 お礼とともに名前を確認するように呼べば、一瞬怪訝そうな顔をしたものの、太宰さんが名前を呼んだからか、と納得したようで「中也でいいぞ」なんて言っていて気さくそうだと思った。私から視線を外した中也さんが、また溜息を吐いていてどうしたんだろうと思って、横になったまま重たい首を持ち上げてベッドの真ん中あたりを見るとぼさぼさの蓬髪と黒い外套から覗く包帯に包まれた手が見えた。正確には、ベッドの横の床に座り込んで、ベッドの真ん中あたりに突っ伏すように頭を乗せて、その先に延ばした右腕がベッドの中央に乗っていた。お腹があったかいのは眠る太宰さんの腕か、とようやく理解して、部屋に入った中也さんが溜息を吐いた理由もやっとわかった。

「凄い、普通に話しているのに全然起きませんね」

「人が居るところで寝るような奴じゃねぇと思うんだがな……ここ数日仕事が立て込んでてあまり寝てなかったのと、お前が攫われて相当堪えたんだろ」

 面倒臭そうに、吐き捨てるように、説明してくれた。心配してくれたんだ、と少し嬉しくなりつつ、”仕事”という言葉に意識が持っていかれる。中也さんは太宰さんと同じ”仕事”をしているんだろうか。一緒にいるところを見られたというだけで人質にされるような、脅したりされるような、職業って何だ。いや、本当はなんとなくわかっているんだ。太宰さんがたまに見せる昏い瞳は、明るくない仕事をしていそうな雰囲気がしていた。自殺未遂と言いつつも、怪我の理由を言わないことがあった。怪我は増えていないのに、血の匂いがすることがあった。そう、まるで花火を見た時のような、火薬の匂いがすることも。考えたくなくて、太宰さんが言わないならって思って、目を背けてきたんだ。でも今後はそうはいかないかもしれない。ちゃんと、太宰さんと話をするべきなのかもしれない。もう会えない、なんて嫌だから。

「あー……動けるか?攫われてた間、何も食ってねぇだろ。なンか用意してやる」

 ほぼ初対面だというのに、面倒見がいいのだろうな。言われてみると不思議とお腹が空いてきて、喉も渇いてきた。ぐっすり寝ている太宰さんを起こしてしまわないようにそうっと、と動いていると「そんな奴のことは気にすンな」なんて中也さん言いながら見ていて、そうはいってもなぁと思っているうちに無事にベッドから抜け出すことに成功。じっと太宰さんを観察してみるけれど、全く動かない。お布団に顔を埋めているので寝顔は見れそうにない。残念。これは起きたら体が痛いだろうけど私じゃベッドに寝かせてあげたりなんて絶対無理だな、と思って振り返って中也さんを見た。目が合って言いたい事を理解しただろうに「放っとけ」とだけいって部屋から出て行ってしまった。えぇ……中也さんて太宰さんに対しては途轍もなく冷たいな、と思いながら渋々後を追いかけた。


 部屋を出てそこまで広くはない廊下に出た。中也さんは全部の部屋を開けては閉め、開けては閉め、あちこち見ていて、私は首を傾げながら歩く。ようやく少し広いリビングを見つけて入る。随分と物の少ない家だなぁ、なんとなく太宰さんの家って散らかってそうな想像をしていた。ソファを指差した中也さんが「座ってろ」というので、私だけ座るのは、と思い断って冷蔵庫の前で立ち尽くす中也さんの後ろに行く。

「中也さん?どうかしたんで……す、ね」

 言葉を失った。自炊なんてしなさそうだとは思っていたから、冷蔵庫に食材があるとは微塵も思っていなかったが、さすがにこれはないだろう。

「酒と水しか入ってねぇ……」

 食べ物と言えば、引き出しに詰まった蟹缶くらいだった。お米すら見当たらない。額を抑えて呻いて、ショックから立ち直ったらしい中也さんが冷蔵庫にあったペットボトルの水を「まあとりあえず飲め」と手渡してくる。あまりにも何もなさ過ぎた台所から離れ、ソファに座る。太宰さんには後で言おう、色々と。と二人決心を強くしながら、渇いた喉に水を流し込む。一気に半分ほど飲んでしまった。

「なンか悪ィな、食い物持って来ればよかったわ」

 太宰さんへの怒りか、額に青筋を浮かべて顔を顰めて言っていて、正直ちょっと怖いのだけれど、私に向けた言葉は優しい。この後どうするべきか、疲れている太宰さんを起こすのは申し訳ないし、黙って出ていくのは論外だ。考えていると、中也さんが「とりあえず糞太宰を起こしてくるわ」なんて言いながらソファから立ち上がろうとしていて慌てて止める。「あぁ?!」って睨まれて、驚いてびくっとすると謝ってから座り直してくれた。

「別に寝かしといてやンなくていンだよ」

 と言いつつも、じゃああと三十分だけ、と私が言うと折れてくれた。やっぱり優しいんだよなぁ、不思議な人だ。少し無言で座っていたけれど、中也さんは沈黙に耐えるのが然程得意でないらしく、「なンか話せよ」と私に丸投げしてきた。なんだか仲良くなれそうな気がして、そういえばちゃんと自己紹介していなかったな、と思った。
 
「言ってなかったんですが、私瀬戸酔夏です。中也さんって、苗字は何て言うんですか?」

「あぁ、そういえば聞いてなかったな。酔夏か。俺は中原だ、中原中也」

 そこから会話は弾んだ。年齢の話になって、中也さんが17歳で、しかも太宰さんと同い年で、二人とも私の一つ上というのを初めて知った。中也さんは歳が近そうだと思っていたけれど、太宰さんはなんとなくもう少し上かと思っていた。というか私を子ども扱いというか、年下って感じの扱いをしていたからそう思ったのかもしれない。よく考えてみれば確かに、ちょっと大人びた高校生と言われたら納得できる。冷蔵庫に大量のお酒が入っていたけれど、やっぱり未成年じゃないか。一つお説教が増えた。
 と思ったら趣味とか好きなものの話をしているときに中也さんがワインが、と言ったので未成年ってお酒飲んで良いんだっけ……と私の常識を疑うことになってしまった。中也さんに、体に悪いと言ったけれど、またぽろっと煙草が、と言い出したので諦めた。もしかして随分と隠し事が下手なのでは、と少し心配になった。
 気付けばたぶん三十分以上経ってしまった気がする。楽しくてつい話し込んでしまった。だいぶ打ち解けて、途中で「さん付けと敬語やめろ」という言葉で、さすがに呼び捨てはちょっとな、と思い中也くんと呼ぶことで妥協してもらった。

「時間かなり遅くなってしまったけれど、中也くん帰らなくて平気なの?」

「あ?子供じゃねぇンだから大丈夫だ」

 そう言って拗ねたように睨んでくるけれど、もう怖くもなんともない。さすがにお腹も空いたし、時間も遅いし、家に帰りたいし、ということで太宰さんを起こそうか。私が起こしに行こうと立つと腕を掴んで止めてきて、「いや俺が行く」と怖い顔をした中也くんに止めた方がいいような気がして、「いや私が」とソファで攻防戦を繰り返していると、ぺらりと顔に貼っていた湿布が剥がれる。あ、とその湿布を拾う。私の目の横を見て顔を顰め、そっと指先で触れる中也くんに、困惑して固まる。

「痛むのか」

「え、まあ、少しね。この湿布、中也くんが?」

 お礼を言おうと思い確認すると、もともと顰めていた顔をさらに顰めて首を振った。そうか、太宰さんがしてくれたのか。「痣みたいになってる?」と聞けば、中也くんはそこに触れたまま今度は頷いた。

「早く消えるといいな」

 優しくそう言われて少し恥ずかしくなりながらも頷く。新しい湿布はどこにあるだろうか、と中也くんが探しに行こうと立ち上がったその時、どこかから、というか私が寝ていて、今は太宰さんが寝ているはずの部屋から「酔夏!?」と悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。中也くんと顔を見合わせて「やっと起きたのか」なんて言いながら溜息を吐いて、太宰さんに此処にいると声を掛けに行こうとしたら、リビングの扉が壊れそうな勢いで開いて弾丸のように太宰さんが飛び込んでくる。扉の近くに立っていた私を見つけて目を見開いてから、ふらふらとした足取りで近づいてきて、抱きしめられた。中也くんが「おい?!」と叫ぶ声が聞こえたけれど、太宰さんはそれすら無視して痛いほどの強さで私を抱きしめる。微かに震えているのが伝わってきて、私は訳が分からないまま、そっと背中に手を回す。中也くんが息を呑んだのが分かった。私が抱きしめ返した事に気付いた太宰さんがぴくりとしてから、少し落ち着いたのか腕の力を弱めてくれた。

「よかった」

 そのたった一言に、太宰さんの気持ちが全部込められている気がした。すごく心配してくれたのが痛いほどわかる。というか痛みでわかる。この人はそういうのを言葉にできないんだろうな。絞り出したようなその一言は今にも泣きそうな声だった。

「そろそろ起こしに行こうと思っていたんです。おはようございます」

 ちょっと意地悪に笑って言うと、眉尻を下げたままの泣きそうな顔で笑った。落ち着いたらしい太宰さんが腕を解いて、私の肩を押してソファに座らされる。それまで黙ってみていた中也くんが耐え切れなくなったらしく、「なんだその間抜けな面は」ってげらげら笑いだして、途端不機嫌な顔になった太宰さんが、なんで君此処にいるのって言ってびっくりした。

「え?中也くん最初からいたんじゃないんですか?」

 太宰さんと中也くんを交互に見ながら聞くと、中也くんは気まずそうに「あー……」と視線を逸らした。太宰さんは「あのねぇ」こめかみをひくつかせる。

「寝てしまった私も悪いけど、どうして起こしてくれなかったのさ」

「きっと疲れているんだろうと思って。全く起きなかったですし……」

 はぁ、と深い溜息を吐きながらがしがしと頭を掻く太宰さん。「なんでそんな爆睡していたんだ私は」とか「酔夏は危機感が足りない」とか小さい声でぶつぶつと言っていて、とりあえず様子を見守る。今度はがばっと顔を上げて中也くんに詰め寄った。

「目が覚めて私がどれだけ肝を冷やしたかわかる?!しかも玄関の扉は壊れているし!!此処は誰にも知られていない筈なのにまた攫われてしまったのかと……」

 最初の勢いはどうしたのやら、詰め寄られた中也くんが驚くほどだったのに、最後の方は消え入りそうな声だった。というか聞き捨てならない言葉が聞こえたような。

「えっと、玄関が壊れていたというのはいったい?」

「中也が壊したんだよ」

 また溜息を吐いて太宰さんが「異能でね」とまたその言葉を口にした。私はそれを声に出さずに口の中で繰り返した。考えているうちに太宰さんと中也くんが喧嘩というか、言い合いを初めてしまっていて、私の割り込む隙もない。嫌、好き好んで割り込みたくはないのだが。
 二人の言い合いを聞いていていくつか知りたいことが分かったのでまとめると、二人が私を助けくれた後、太宰さんは気を失った私を抱えてこのセーフハウス(いくつかあるうちの一つ)に連れてきた。中也くんは太宰さんがまともに看病などできるわけないと心配して様子を見に来てくれたそうだ。声を掛けても物音一つしなかったため鍵のかかったドアごと破壊して入って、部屋を見て回ったところ二人とも寝室のようなところで寝ていたということだった。その後は私も知っている。
 喧嘩するほど仲がいいとはまさにこのことかってくらい、息ぴったりの言い合いをしていて、二人は放っておいてそろそろ私は帰ってもいいだろうか。場所もわからなければ、財布も携帯もないため、それはできないのだけれど。
 さて、どうしたらこの言い合いを止められるだろうか。諦めにも近い気持ちで、意を決して声を掛けようと口を開いたら、間抜けな音が部屋に響いた。私のお腹が空腹を訴えた音だった。言い合いをしていた二人が口を閉じて部屋が静寂に包まれる。

「もう……笑うなら笑え……せめて何か言ってくださいよ……」

 もはや涙目で俯く。言い合いを止めたいとは思ったがこんな止め方は望んでいない。穴があったら入りたい。むしろ中也くんに頼んで掘ってもらえばいいのでは、と思考が迷走し始めたところで、何かが私の頭の上に乗った。

「悪ィ、ずっと何も食ってねェもンな」

 慰めるように中也くんが私の頭を撫でていて、子供扱いか、とちょっとむっとして睨むように見上げる。すると中也くんの手を太宰さんが無言で叩き落として、言い返そうとした中也くんがぐっと堪えて溜息を吐いた。

「てか手前が冷蔵庫に食べれるもン入れてねェからこうなったんだ!」

 やっぱり堪え切れなかったらしい。太宰さんに対して中也くんがそう怒鳴って、私もはっと思い出した。

「そうですよ!お酒としか入ってないなんてよくないです!というか聞きましたよ?太宰さん未成年じゃないですか!!」

 言おうと思っていたんだった、と一気に捲し立てる。太宰さんがぽかんとした顔で目を瞬かせてから、ぷっと噴き出すように笑った。笑いながらごめんごめん、なんて言っているけど一ミリも反省していなさそうで私は呆れて溜息を吐いた。やっといつもの太宰さんに戻ったなぁ、なんて思って安心した。
 じゃんけんで太宰さんに負けた中也くんが何か食べるものを買ってきてくれることになった。「食べれないものあるか?」という問いに私より先に太宰さんが「きのこ」と答えて、なんで知ってるんだ、と言う前に中也くんに「何で知ってンだ気持ち悪ィ」と言われていた。うっかり頷いてしまった。




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「さて、邪魔者もいなくなったし」

 邪魔者って、と返そうとしてやめた。微妙な距離を開けてソファに座った太宰さんは、今まで見たことない真剣な顔をしていた。思わず唇を引き結んで、少し姿勢を正して座り直した。「そんな固くならなくて大丈夫だよ」と苦笑して、私の目の横を見ていたそうな顔をした。一瞬手を伸ばしたように見えたけれど、結局触れることはなく、宙に浮いた腕はソファに戻った。

「今回君が攫われたのは、私の所為だ。もちろん謝って済むことではないが、それでも謝罪させてくれ。本当にすまない」

 目を閉じて深く頭を下げる太宰さん。大丈夫ですよ、気にしないでください、なんて軽く言えなくて、一瞬口を噤んでしまう。

「悪いのは、攫った人たちだから。太宰さんは、助けてくれたから、だから、」

 言葉がうまくまとまらなくて、自分が何て言いたいのか、ちゃんと伝えられているか不安になる。いつの間にか膝の上で拳を握りしめていた。そっと太宰さんの手がその上に乗る。

「ちゃんと話さなきゃいけないね」

 顔を少し上げて、どこか悲しそうにも見える太宰さんが口を開く。聞きます、という意思を込めてしっかりと頷いた。私は聞きたかったのだから。太宰さんの口から。

「私は或るマフィアで幹部をしている。中也もだよ。」

 あまり詳しくは言えないんだけれど、と前置きをして、異能力という不思議な力を持つ人が世の中には結構いること、その異能力者が多く所属している横浜一の規模を誇る非合法組織であること、今回は敵対している組織が腹いせと要求を呑ませる為に人質に私ともう一人を選んだこと。
 もう一人の人質だった彼は中也くんの部下で、私の目の前で撃たれ即死だったこと。説明を聞いて思い出した。助かった、と安心したところで聞こえた銃声と、顔にかかった、暖かい、赤い、液体と、どさりと、笑った顔のまま倒れた、その人を。
 視界が白く染まった。心臓の鼓動が聞こえる。固まった私の頭をしっかり抱え込むように太宰さんの胸に押し付けられる。

「すまない、思い出させてしまったね」

 必死に首を振る。震えは止まらない。人が目の前で撃たれて、しかも亡くなってしまって、平静ではいられない。でも、今の今まで忘れていた自分が許せない。私だけ、助かってしまって、その上忘れて呑気に過ごしていたなんて。

「君の考えている事は手に取るようにわかるよ。自分を責めているんだろう?……優しい子だね」

 否定も肯定もしない、慰めも言わない。そっと背中を擦ってくれる暖かい手に少しずつ落ち着いてきた。「今度中也に頼んでお墓参りに行こうか」と優しく言ってくれて、頷く。ぽんぽんと私の頭を撫でて、抱きしめていた腕を離される。顔を覗き込まれて、少し落ち着いたのを確認して安心したように微笑み、今度は最初より近くに座り直す。

「私は君と過ごす時間を気に入り過ぎてしまったんだ。もう会わない、なんて嫌だと思っている」

 まるで告白みたいな甘い囁き方で、でもまるで何時ぞやみたく捨てられた子犬のような悲しそうな顔をしていてた。この人は、私が何て言うかなんて分かってこう言っているんだろうな。ずるい、ずるい。

「もう誘拐なんて御免です」

 だから、ちゃんとそうならないように守ってください。素直になるのが癪で、つい天邪鬼な言葉を選んでしまったけれど、結局小さい声で言ってしまった。太宰さんの目の端が光ったように見えたけれど、それを確認する前に中也くんが帰ってきてしまって、太宰さんが素早くソファから立ち上がったせいで確認できなかった。次に顔が見えた時には、中也くんを嘲笑う意地悪な顔で、さっきまでとの変わり身の早さに器用だなぁと思った。色々考えてくれただろう中也くんは三人前の食事だというのにビニール袋を三つも持っていて、一つ受け取ろうとするも断られる。

「お帰り中也くん、買ってきてくれてありがとう」

「さっきから思ってたけどなんで二人はそんな親しげなの?!」
 
「あ?手前が寝てる間に色々あったんだよ。な?酔夏」

 にやり、とさっきまでの仕返しとばかりにこちらをみる中也くんに合わせて、「ね?中也くん」と笑って返すと、太宰さんが「色々?!色々ってなんだい!?」と中也くんと私に詰め寄るけど放っておくことにした。「私なんて名前を呼ぶのに半年以上かかったのに……」と聞こえた気がしたけれど、聞こえなかったふりをした。もう何も突っ込まないことにしたけれど、個人情報はとっくの昔に知り尽くされていると思った方がいいな、と遠い目をした。すると太宰さんがぐいっと近づいてきて、

「私のことも治くんと呼んでくれてもいいのだよ!?」

 がしっと私の両手を掴んで言った。あまりの必死さにだいぶ引いてしまって、「え、いやそれはちょっと」と答えてしまってしょぼくれた太宰さんを見てまた中也くんが嗤って喧嘩になった。
 前に手を握られた時は、頬が熱くなったのに、太宰さんの顔の良さにももうだいぶ慣れてしまったんだな、と時の流れを実感した。いったいいつになったら私はご飯を食べれるんだろう。溜息を吐いて二人の言い合いを眺めた。




**

誘拐編?終わりです。結構書くのに時間がかかってしまいました。
更新を待っていてくれた方、いたらすみません。ありがとうございます。

この話は中也くんと仲良くなってもらいつつ、太宰さんには「離れたくない」という思いを。酔夏さんには「太宰さんがいるのが当たり前の日常」という感覚を。しっかりと認識してもらいような話になってます。

個人的な感覚なんですけれども。
キャラ単体でみたとき、太宰治を太宰さん、中原中也を中也と呼んでいて、同じ年齢の二人なのになんとなく違うの、わかりますか?
現実に二人がいたら、太宰さんはなんとなく近寄りがたい、高嶺の花な感じで、中也はみんなの人気者な感じなんです。二人と話す機会があっても、太宰さんには恐れ多い…って敬語使っちゃいそうで、逆に中也はため口で話したり親友みたいに?仲良くなれるような気がするんですよね。
遠くから信仰されるか、信頼を寄せられるか、みたいな。そういう私の感じている二人への思いの違いが反映されています。わからんって方いたらごめんなさいね。

今後もほかのポートマフィアのキャラが何人か登場する予定です。
少しほのぼのしたらミミック編に入ります。書きながら泣くことになりそう。
頑張ります。ご意見ご感想お待ちしてます。本当に力になります。いつもありがとうございます。

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