猪突猛進子犬とワルツ | ナノ

西日が徐々に下へ下へと降りていく。

「……」

豊久に、嘘を?ましてや自分にまで。
オレンジ色に染まる上履きのつま先を揃えて姿勢を正した、宗茂の言葉を思い返す。
つま先から顔を上げると、廊下の向こうから豊久が走って来ているのが見えた。

……もしかして、ああ、そういうことか。
私は「思った」ことをそのまま伝えようとしてた、文字の羅列に過ぎない言葉だ。それは豊久の想いを跳ね除けて、自分の気持ちも無視したもの。
全部を棒に振ろうとしてたのは私で、滑稽なのも私だった。

「なまえ!探した!一緒に帰ろう!」
「……」
「なまえ?」

すこし泣きそうになった。

「……私、豊久が思ってるほど、いい人じゃないよ」
「急にどうしたんだよ、でもそんなことない!」
「料理は嫌いじゃないけど、掃除は苦手だし」
「知ってる、めんどくさがり、だろ?」

ベンチに座る私の前に立って、豊久は笑ってた。そんな知ったような口を聞くなんて、と思う私はひどい人間だ。豊久は懸命に私を知ろうといつも全力だったんだもん、知ることを、知ってもらうことを拒否してきた私とは違う。
もったいないと思ってた、人懐っこくて全部をまるっと包んでくれる太陽みたいな暖かさを、こんな私にくれるなんて。

「めんどくさがりだし、いっつも俺にばっかり素っ気ない、どっちかっていうと否定的なことばっか言うし」
「……」
「でもさ結局は面倒見てくれる、世話も焼いてくれる、なまえってあんまり笑ってくれなだろ?」
「……そう?そんなつもりないんだけど」
「俺がなまえの弁当のおかずもらって、美味いって言うと嬉しそうに笑うんだ、ほんとちょこっとの変化なんだけどさ、俺、なまえの笑った顔をもっと見たいって思うんだ」
「……」
「ずっと見てたい、なまえが楽しそうにしてると俺、すっごい嬉しいんだ!」

そう、眩しかったんだ。
純粋に歪みなく、どこまでもまっすぐで「好きだ」って声を大にして言ってくれる豊久が。私みたいなちっさい人間に大好きだって。
私は怖かった、手放しでそんなこと言ってくれる人がいるなんて思いもしなかったから。年上の先輩に憧れる時期、年頃だから豊久もそうなんだろうって、一時の気の迷いでたまたま私に目が向いただけだと。

そもそもこんな私のどこがよかったんだろう、これと言った取り柄もなければどこにでもいそうなただの女子高生の、どこが。

「一目惚れ」
「は?」
「だから一目惚れだってば!なまえの笑顔、入学したばっかの時に廊下で友達と笑ってたなまえがすっごい眩しくて、目が離せなくなって、可愛いなって!」
「ちょ、ちょっと、待っ」
「待てない!あの表情が俺に向いてくれたらって思ったらもう頭ん中なまえでいっぱいになっちゃって、日に日に好きだって気持ちがどんどん膨れ上がってた!」

両肩を捕まえられて、距離が縮む。
豊久はいつも以上に饒舌、怒濤の勢いでストレートな感情をぶちまけてはぶつけてくる。正直追い付けていない私はその勢いに圧倒されっぱなしで、唖然とするほかになにができようか。

「一目見掛けるたびに会うたびに話すたびに好きが増えて、うう……なんて言ったらいいんだろ、俺、今すっごい幸せだ!だからなまえも幸せにしたい!」
「し、あわせ?」
「そう!うまく言えないけど!」

豊久は強い、私が何を言って遠ざけようとしてもがむしゃらに食いついてくる。全然めげないしへこたれない、逆にこっちが折れるしかないじゃないの。
一瞬たりとも逸らされないまっすぐな視線、居心地は良くない、良くないんだけど悪い気はしなくなってた。

「豊久」
「ん?」
「ほんとに、ほんとに私のこと」
「大好きだ!ずっと一緒にいたい!いる!」

はしゃいで飛びつく子犬のように豊久は私の言葉を遮ってまで突っ込んでくる。苦笑い。
少し高い位置にある頭をくしゃくしゃに撫でてやると、豊久はきょとんと目を丸くした。

「仕方ないから、一緒にいてあげる」
「っ!」

まんまるになった瞳がじわりじわりと湿り気を帯びる、西日が反射して光った涙が次から次へと溢れて零れて落ちて、また溢れて。
何も泣くことないでしょうが、くしゃくしゃになった表情を更にくしゃくしゃにさせて豊久が何度も何度も繰り返した。濁点いっぱいの濁った「好き」は今までで一番クリアで澄みきった感情をもたらした。


落日ラルゴ


20140805
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