猪突猛進子犬とワルツ | ナノ

放課後、珍しく豊久が教室に突撃してこなかった。ならば見つかる前にさっさと帰宅しようと、荷物をまとめてそそくさと教室を後にした。
玄関へ向かう途中、周囲に女の子を数人はべらせている宗茂を見た、柔らかく笑む宗茂に女の子達は骨抜きのご様子。あーあー今日もまた罪作りな、ギン千代っていう許嫁がいながら女の子達とよろしくしている優男を私はあまり好きではなかった。
あまり関わり合いになりたくもないので、一瞥もくれずにその場を通り過ぎる。

「ああ、なまえじゃないか」
「……」
「悪いな、俺はこの辺で」
「えー宗茂くんもう帰っちゃうの?」
「超さみしー」

女の子達とよろしくやっているのを邪魔しないように気を遣ってやったというのにこいつ、私の親切心をこうもあっさりと踏みにじってくれやがって。
輪の中心からするりと抜け出すと、宗茂は私の目の前に立ち女の子達に手のひらを見せる。
取り巻きの女の子達はそれぞれ耳が腐るんじゃないかと思うほどに、完璧に作り上げられた甘え声で宗茂との別れを惜しむ。しかしそうは言ってもあっさりと引いていくし、自分達を差し置いて呼び止められている私を睨むこともしない。
その様子に少なからず違和感を覚えた。

「言っておくが俺はギン千代一筋だ」
「……は?」
「大方、俺が女子をはべらせて赴くままに……なんて思っているんだろう」
「違うの?」
「違うさ、はべらせているという表現が似つかわしいのは認める、だが俺もあの女子も一線は越えない」

ギン千代という許嫁がいながら平気な顔をして寄ってくる女の子を拒まず、去れば追わず。端正な顔から想像するプレイボーイな印象は呆気なく崩れ、宗茂自身もやんわりと否定した。
勘違いされ慣れている、らしい。実は一途で真面目な俺アピールされてる気がする、暗に。

「ギン千代もそれをわかっている、わかってはいるが時折不安になるらしい、いい顔をしないんだ、俺は嫉妬心に苛まれるギン千代の表情が好きだ、愛されていることを嫌というほど実感できるからな」
「……ヤな性格」
「この間も嫉妬から癇癪を起こして泣いたんだ、あれは本当に可愛かった、滾り切った熱が引かなくていっそのことこのまま……なんてな」
「チッ、嫁自慢どうも」

しょうもないことを聞かされてげんなりしたところで、これ以上惚気ばかりを繰り返すのならもう用はない、宗茂を押し退けてさっさと帰ろうとすれば、宗茂はそれを制止して、そうだそうだとわざとらしく口にした。
用があるならさっさと言ってくれないかな、早く帰りたいんだけど。

「最近、豊久とはどうだ」
「は?」
「先日俺とギン千代のところにやってきて、なまえが弁当を作ってくれたと心底嬉しそうに報告しにきてな」
「……別に、急に朝から家に押し掛けてきたから両親と自分のを作るついでにやっただけだし」
「ついに付き合う決心をしたんじゃないのか?」
「その口縫い付けてやろうか」
「落ち着け」
「そもそも宗茂が私の家を豊久に教えるから!」
「いけなかったか?」
「ダメでしょ!プライバシー考えてよ!」

はは、と爽やかに笑うこの優男、反省も何もあったものじゃない。一体何を考えているんだか。

「あいつは中学も一緒でな」
「そう、別に興味ないんだけど」
「まあそう言うな」

立ち話もなんだ、そう言って宗茂は玄関近くのロビーにあるベンチを指差した。話を聞き終わるまでしつこくつきまとわれるのも嫌だから、しぶしぶベンチに腰掛けた。
何度も言ってると思うけど、私は年下は許容範囲外、例外もなし。そもそも今も彼氏が欲しいとは思っていないし恋愛に現を抜かす気分でもない。
こう言うと語弊が生まれるかもしれないけれど、別に興味が全くないわけじゃない、ただ単に今はそういう気分でないだけだ。

「豊久は悪い奴じゃないってことは見てわかるだろう」
「怖いくらいまっすぐで正直ヒヤヒヤする」
「母性本能の表れだな」
「絶対違う」

何が言いたいの?豊久のいい部分を見付けて好きになれって言いたいの?そこまでして私達をくっつけようとする理由は何?

「好きになれとは言わない、ただ、いいところは認めてやってくれ」
「……認めて、それで?今の状態だって良くないって宗茂だってわかってるんでしょ?」

このぬるま湯のような状態、私は豊久を随分と甘やかしてきてると思ってる。名字ではなくて名前で呼んであげること、二人きりで一緒にお弁当を食べること、手を繋がれても振り払わないでいること、不可抗力とはいえお弁当を作ってあげたこと。
それら全部、豊久に期待を持たせてしまう要因になっていることに、気付かないわけがない。
だったらはっきり言ってしまえばいいんだ、豊久のことは好きじゃない、これからも好きになることはない、だからもう私のことは諦めて欲しいって。

「言うのか?豊久に」
「言わなきゃ、ずっとこのままだと豊久は私にかまけて高校3年間を棒に振ることになるよ」
「一人の女を追い続けた3年間、いい思い出になると思うが」
「絶対後悔する、振り向きもしないのに滑稽にもほどがあると思わない?」
「俺は思わない」
「……バカみたい」

豊久は私を優しいと言う、いい奥さんになると言う、客観視した表面の私像。豊久が作り出した理想のなまえ、そんなもの虚像以外の何物でもない。恋は盲目なんて言葉を作った人を私は全力で褒めてやりたい、今の豊久にこれほどピッタリな言葉はないからだ。
なまえという人間は、豊久が思うほど優しくもないし全然綺麗じゃない、見た目の問題じゃなくて中のこと。
悪態だって普通につく、面倒なことも好きじゃない、私なんか追い掛けてもいいことなんてひとつもないよ。私なんか、私なんて。

「バカはなまえの方だろう」
「……なんで」
「それは自分で考えろ、後悔するのは案外お前の方かもしれないぞ」
「何それ、わけわかんない」
「相手に嘘を付く前に、まずは自分に嘘を付くのをやめるんだな」

宗茂はスッと立ち上がると、意味深な言葉を残してさっさと行ってしまった。呼び止めて引き留めておきながら、結局先に帰っちゃう、どこまでも自由で身勝手だ。
ベンチに腰掛けたままつま先を見つめ、考える。
私がいつ嘘を付いた、付いてなんかいない、そんなつもりもない、これから嘘を付く予定だってない。
私はただ、豊久に自分の思ったことを伝えようとしているだけで……。


逃走ボレロ


20140730
← / →

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -