猪突猛進子犬とワルツ | ナノ

午後の授業は眠たい。
うつらうつらとしていた、気が付けば完全に寝入っていて、いつの間にか授業が終わってた。
大殿先生の「はい、じゃあ今日はここまで、明日は小テストだよ」という言葉で覚醒する。まずい小テストだって!?なんにも聞いてなかった。
大殿先生の授業はただでさえ冗長で、ダラダラと余計な説明も多いから、どこが重要なのか、見極めるのに一苦労するっていうのに。
参った困った、頭を抱えれば、近くの席の吉継がノートでぺん、と私の頭を軽く叩いた。

「要所はまとめてある」
「よ、吉継!あああ助かったあ、でも借りちゃっていいの?」
「構わない、暗記は得意だし流れも掴んでいるから俺は大丈夫だ」
「持つべきものは親友!愛しているよ吉継ー!」

何かと心優しい吉継に涙が溢れ出そうだ、ノートを受け取って丁重に鞄へとしまい、感謝の意を全力で表明したら、吉継は首を振る。

「友の好としてはありがたく受け取っておく、だが俺ではなく、言ってやるべき相手は別にいると思うぞ」
「え?」
「子犬に噛まれるのは御免被る」

ハグでもしてやろうかと、手を延ばしかけたのを、吉継が制止をかけるように教室の入り口を指し示した。

「差し詰め、可愛いが獰猛な子犬が主人を迎えに来たといったところか」
「げえ!」

そこにはぶすっとした表情を隠そうともせず、こちらを睨む豊久が待ち構えていた。お迎えなんか頼んでないんだけど。その場に立ち尽くして、吉継に助けを乞う視線を向けてみたが、肩を竦められて行った方がいいと背中を押しやられた。
流れに身を任せておけばいい、そう言われても流れって何よ流れって。言い返そうとしても、既に踵を返して吉継は背中を向けていたから、その後ろ姿を睨むくらいしかできなかった。

「なまえ!」
「うわ!」
「帰ろう」

痺れを切らしたらしい豊久が教室に入ってきていて、私の手首を鷲掴むと大股で歩き出した。引っ張られているから、ついて行かざるを得ない、必然的に小走りになる。
何に対して不機嫌になっているのか、わからないことはないが、あえて聞くつもりはない。

「不公平だ!」
「何が」
「なまえは俺にばっかり辛辣だし、意地悪だ」

聞かなくたって豊久が勝手に話しだすんだもの、自分の不機嫌な理由を恥ずかしげもなく包み隠さず、正直に。逆にこっちが恥ずかしくなる。

「どこが」
「さっきもそうだ、あいつにはギュッてしようとする、あいつにしてどうして俺にはしてくれないんだ」
「だって吉継は友達だもの、豊久みたいに下心もない、戯れ程度」
「う……言い返せない!」

手を引かれて歩く姿は、周囲から見れば恋人同士にでも見えるのだろうか。ぶすっとした豊久と、呆れ顔の私、見えるわけないよね、うん見えない。手を繋いでいるわけじゃないもの、引っ張られてるだけ。

「じゃあなまえは、俺が友達から始めようって言ったら、さっきの奴と同じようにギュッてしてくれるのか?」
「するわけないでしょ」
「なんでだ!」

そもそもハグはしてない。未遂だ、する前に吉継が制止を掛けたから、そこは勘違いしないで欲しい。

「だって、友達から始めようって言っても、豊久は最終的には私と恋人同士になりたいんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、だめ」
「だからなんで!」

玄関に着いて、豊久が私の手を離すと、くるりとこちらを向いた、一から十まで説明しないとだめなの?雰囲気から察してよ、私が吉継にハグしようとしたのは本当にただの戯れ、じゃれただけ。他意はこれっぽっちもない。
吉継は友達、それ以下でもそれ以上になることもないし、求めていない。思うところは吉継も同じはずだ、さすがに吉継に彼女ができたりすれば私も空気を読んで、不用意にハグやスキンシップはしない。
でも、豊久の場合は事情が違う。
友達で終わらせたくない、友達から恋人へと昇進したい前提なのだから、そうやすやすとハグやスキンシップをするわけにはいかないのだ。わかってくれたかな。

「わかんない!」
「ああもう頭痛い……っていうか、豊久は友達の前に、私にとってはただの後輩だからね?」
「納得いかない!」

もう、駄々を捏ねくり回すのやめてくれないかな、子供じゃあるまいし。いや、でもまだまだ中身は子供のままなのかもしれない、男っていう生き物は、女よりも精神面の成長が遅いって聞いたことがある。
一概には言えないけど。

「とりあえず、帰ろ」
「……帰る」

靴を履き替え、むう、とむくれっ面のまま豊久がまた私の手を取って歩き出した。今度は掴むのではなくて、繋いでいる。その手は想像していたよりも随分と温かい。

「子供体温?」
「そうやってまたガキみたいに言うんだ!」

平熱が高いだけなのに……って、それ、子供体温じゃないんだろうか。口にすると余計に拗ねて、対応が面倒になるから出掛かった言葉を飲み込んで、代わりに新陳代謝が良くて健康的だと思う、そう、適当な言葉を並べておいた。

豊久は私よりも背が高くて、手だって大きい、年下のくせに。中身はちんちくりんだけど。律儀に相手をしている私は彼よりも内面的なところがずっとずっと大人で、器の大きな優しい先輩。

西陽が差す通学路を歩きながら、豊久は繋いでいる手とは反対の手でお腹をさすってた。

「ちょっと腹減った」
「……新陳代謝が良すぎ、あんなにたくさんお昼食べてたのに」

ほんと子供みたい、喉元までで掛かった言葉を飲み込んだのは、また不貞腐れてしまうとやっぱり対応が面倒なだけで、別に決して豊久の沽券を想ったからではない。
帰り道の別れ際、名残惜しげに豊久が立ち止まって私の手を少し強めに握った。豊久は向こうで私はあっち、今生の別れじゃあるまいし、そんな顔しないでよ。

「……もう、ちょっとだけ」
「豊久」
「ん?」
「はい」

きゅーん、とさみしげにする子犬のような様、やれやれ全く……内心呆れながらも付き合ってあげている私はもっと感謝されてもいいと思う。そんな豊久に、ふと鞄に眠っていた飴がいくつか入っていたのを思い出して、差し出した。
え?と目を丸くしている。いるの?いらないの?お腹空いてるんじゃないの、これしかないけどいらないなら私食べちゃうから。

「い、いるっ!」
「大したものじゃないけど」
「大したことある!なまえがくれるものはなんだって嬉しい!」
「……あ、そ」

途端にご機嫌だからほんと現金っていうかちょろいって言うか。

「じゃあね」
「なまえ、また明日!」
「……またね」

アンドゥトロワでまた明日


20140728
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