1059SS | ナノ

広大にして荘厳な城、慣れ親しんだ侍女や兵士。緑豊かな情緒溢れる庭園では鞠を蹴る音と、皆の楽しそうな笑い声がよく響く。


「こんにちは、なまえ姫さま!」
「よい日和ですなあ、なまえさま」


その様子をよいよいと通りすがり様に見ては、眩しいばかりの笑顔で声を掛けられる。快晴の空の下、いい日和。手を振り返しその場をやり過ごした後、周囲に誰もいないことを確認してから、小さくため息。

本当にいい日和、清々しい天気で気分も晴れやかになるはずであったのだが、どうしたものか。生まれ育って慣れ親しんだはずの自身の城にて、迷子である。


「はは、笑えない」


あっちへうろうろ。

こっちへうろうろ。

すれ違う人々に、お出かけですかだの何だの挨拶も兼ねて尋ねられ、半笑いになりながら、まあそんなところだと適当にはぐらかしつつ、迷子である事実をひた隠し今に至る。

悟られてはいけない、城の者としての意地ゆえ誰に聞こうにも聞けなかった。(変なところで自尊心が邪魔をするのだ!)

多分城内を一周はしている、自分の部屋を出た際に見た生け花とよく似たものが、目の前にある。

……否、よく似たものではなく同一のもの。


「帰巣本能かっての……」


悲しいかな、目的地に着くどころか自分の部屋に戻って来ている。なんてわたしに不親切な造りをしているのだこの城は。そう思うものの自分がわからないだけで、皆は普通に生活を送っているのだ。

己のひどい方向音痴さに、情けなさを感じざるを得ない。恐らくこのまま意地を押し通し続けていては、辿り着くものも辿り着けないだろう。

つまらない意地を張るのを止め、目的の場所まで案内を頼むとしよう、歩き疲れてきた足を一旦止めて天井を見上げた。


「半蔵?」


近くにいるかどうかはわからないが、父、家康が彼に命を出していない限り、声を掛ければ大体来てくれる。半蔵に城案内を頼むのは、今回が初めて。笑われたら恥ずかしい、と再び自尊心が首を擡げかけるが、どうにか押さえ込む。


「……ここに」


ふ、と物音ひとつ立てずに、膝を付いた状態で半蔵が目の前に現れた。よかった、近くに居てくれたらしい。


「ちょっとお願いがあるんだけど、頼めるかな?」
「……無論、何なりと」


大した頼みじゃないからそんなに畏まらないで、と軽く手をひらひら泳がせながら、膝を付いた半蔵の目線に合わせしゃがみ込む。影に気遣いは無用、相も変わらず硬い物言いで、主と従う者の一線を完璧過ぎるほどに引く。

わたしにとってはそれが息苦しく、物悲しくもある、もっと近くに感じていたい、たくさん話しもしたいしつまりは大好きというわけなのだ。だから馴れ馴れしいくらいでも全然構わないのに、どこかの風魔の忍みたいにね。(ま、半蔵の前で風魔の忍について話すと機嫌悪くなるから言わないけれど)


「……して、頼みとは」
「道案内お願いします」
「……どちらへ」
「書物庫」
「……?」


わ、珍しい。

滅多に変わらない半蔵の表情が、拍子抜けしたようなぽかん、としたものになる。あは、いいもの見た。どこの書物庫なのかと尋ねたそうな半蔵にうちのだと付け加えれば、不思議そうな顔で見つめられる。

いや、もしかしたら何を言ってんだこいつみたいに思われたかもしれない。もうこの際だ開き直ってしまえ。


「実はね、半蔵」
「……は」


出来るだけ神妙な面持ち、眉間にきゅ、と力を入れこっそり耳打ち。何か重大な告白とでもいうような仕種に、半蔵も自ずと力が篭ったようだ。言葉の合間合間を少しずつ開ければ、なんだかそれらしい雰囲気になってくる。おお、まるで密告してるみたい。


「わたし、迷子なわけですよ」
「……っ」
「あっ、笑ったな!」
「……滅相も」


唇の端が僅かに動いたのをわたしは決して見逃さなかった、冷静に否定をする半蔵、だが何年半蔵を見てきたと思ってるんだ、ごまかせないぞ。

密告ごっこをやめて、むう、とむくれた顔をしながら書物庫までの案内をせがむ。こんなことなら変な意地張らないで、誰にでも聞けば恥ずかしい思いをしなくてもよかったのに。ましてや密かに想いを寄せる半蔵に、こんな情けない姿を晒してしまったからには、やる瀬なくなるというものだ。

なんでこんな方向音痴になってしまったんだろう。別に物覚えが悪いわけでもないし、物忘れが激しいわけでもないから原因もわからず仕舞い、困ったものだ。



「いつまでもこんなんじゃだめだよね」
「……姫」
「んー?」


これを機に極度の方向音痴を治した方がいいよね、周囲にも迷惑が掛かるわけだし。しかも自分の住んでる城で迷子ときたら、もう世話がないというか。

ぽつり、そんなことを呟けば半蔵がこちらを見つめてわたしを呼ぶ。相変わらず読めない表情だが、相変わらずすてき、あぁほんと大好きだ。


「……ご用とあらば、いつでも傍に」
「それはつまり、迷子の時にはいつでも呼んでいいってこと?」
「……姫が所望とあらば」
「でも半蔵はそれでなくても忙しいのに」
「……お気になさらず」


自分のことくらいしっかりしなきゃいけないのに、そんな優しいこと言うからついつい甘えちゃう、それに加えて半蔵と会える機会も増えるなんて、不純な考えまで出て来る始末。

傍に居たい、でも忍は余計な感情を持ち合わせてはいないし、いけないものなのだと聞いている。甘えっぱなしで、半蔵を困らせたくはないから。


「じゃあ、どうにも困った時はまたお願いするね」
「……御意」


打開できそうもない事態にまで陥ったら半蔵を呼ばせてもらおう、それ以外は自分で頑張る。城下も絶対一人では行けなかったし、いい機会だ。

そう静かに心に決めながら、そうだそうだと当初の目的を思い出す。書物庫に行く予定だったのだ。


「とりあえず、今まさにどうにも困ってるのでお願いしてもいい?」
「……承知」


書物庫までの道のり、手始めにまずはそれから覚えてみようと意気込んだところで半蔵の腕がするり、と延びてくる。手でも繋いでくれるのだろうか、そんな淡い期待が過ぎったが全く以てそうではない。予想の域を遥かに越えていた。


「……失礼」
「は、はんぞ……っ!」


抱き上げられたのだ。

驚いている間にも半蔵はそのまま屋根の上へと飛び乗り軽い足取りで屋根から屋根へと飛び移る。近道、と一言口を開いた半蔵、いつも以上にどきどきするのは気のせいではない。

落とさないでね、そう控え目に半蔵の忍装束を掴むと、それに応えるかのように、抱かれている腕に力が篭るのがわかる。

嬉しくて、にやけそうになる顔を抑えながら、見えてきた書物庫がもっと遠くにあればいいのにな、なんて思った。


城内デート
(ありがとう半蔵!)
(……謝辞、無用)


20100318
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