1059SS | ナノ

薄暗い森の中を風が吹き抜けた。

枝から枝へと休む間もなく軽々と飛び移る影の頬は上気して、ほんのりと赤くそまっている。木の枝の間から差し込む太陽の光りは疎らで時折、葉の擦れる音が響く。


「ほうら、逃げろ逃げろ」


どこからともなく聞こえてくるひどく楽しげに聞こえる声から、必死に逃げる影――もといなまえはぎりぎりと歯を食いしばる。

言われなくとも逃げてるわ!貴様なんかすぐに撒いてやるわ、ぶわーか!

口には出さずに心の中で盛大に毒づく、一応言っておくが相手が怖いから口に出さないわけではなく、単に疲れてしゃべる気力などないからだ。とにかく逃げることに集中したいからであって、相手が怖いのではない。そんなことは、断じて、ない。

例え相手が本当に人間なのかお前、と疑いたくなるようなありえない顔色とか、骨の構造が気になって仕方がなくなるほどに腕が伸びることとか、あるまじき毛の色とかその他諸々。

何度も言うが、決して怖いわけではない。


「だいじょーぶしっかりしろなまえ!」


ぺち、と自らの頬を叩いて気合いを入れる。笑い続ける膝に対してこれは走り疲れたから震えているのであり、怖がっているわけじゃないと言い聞かせる。

わたしだって忍の端くれだ、あいつから逃げるくらい造作もない……はず。

忍と言えど、わたしは特定の大名様に仕えているわけではなく、傭兵としてちょっとした諜報や援軍を、頂いた金銭に見合った額分働いている。

そもそも、何故こんなことになってしまったのかと言えば今から数日前に遡る。

援軍の要請としてわたしが呼ばれたのは北条の軍、見事なまでの劣勢に愕然としたが、持ち前の、そのうちなんとかなるよね精神でとりあえず目の前の敵をお片付け。

じわじわと戦況がこちらに傾き掛けてきた頃、とある軍が壊滅寸前だから助力してきてくれとの一報が入り、丁度手が空いたところですぐにその軍へと向かってみたらまあまあ。

その壊滅寸前の軍は伝説の忍と言われる、風魔小太郎率いる忍軍団だったから驚いた。噂には聞いていたがまさかお目にかかれるとは思っていなかったから。

敵に囲まれ窮地に陥っているところを高台にある木の上から見下ろし、おお、やばい状況じゃあないか。なんて悠長にしている間にも忍軍団の数はみるみる内に減っていく。助けに行ってくれと言われているからには、このまま壊滅させてしまってはわたしの給料がパァになってしまう。

しかし待てよ?なんだか助けたら後々厄介なことになるんじゃなかろうか。そう忍の勘が言っている気がしていたために、ふと躊躇いを覚える。

ただ、北条側がくれる約束になっている給料の額がハンパなくいいもので、パァになるのだけは嫌だったわたしは乗り気ではないものの、囲まれ窮地に陥っている風魔小太郎の元へと飛び降りた。


「曲者」
「あー違います違います、援軍ですわたし」
「クク、我に……か?」
「劣勢の割に随分楽しそうで」
「うぬもこの混沌に引き寄せられたのか」
「はあ?人の話聞いてます?」
「礼はしてあげる……うぬが生きていたらな」


うわ、近くで見るとでかいな!髪の毛の色すごっ!

ぼろ雑巾みたいになりながらも風魔の忍は楽しそうで、この人すごい馬鹿なんだなあと本気で思った。っていうか人間ですか、なんて危うく聞きそうになったがどうにか思い止まることに成功。

わたしが生きていたらお礼をしてくれるそうだが、その前にあんたが生きているかどうかが問題だということに気付け。

いちいち言うのも面倒だったし、この劣勢状況を覆すのにはどうしたらいいのかを考えるのも段々と面倒になってきた、未だに混沌だの壊してやるだの、後ろ向き的な発言をする彼が鬱陶しい。

とにかくでたらめに暴れ倒し、群がる敵を一掃したところで他の援軍がやってきた。この辺でいいだろう、後は他の援軍の皆様にお任せさようならわたしはこれにて。

一度本陣へと戻ろうかと背を向ける、そこへ待てとばかりに肩を掴まれたために、振り向けば腕。

ただの腕ならば何ら問題ない、だがその腕は異様に長いほんと長いすごくきしょい、それで腕を辿って行き着いた先は、風魔小太郎。


「あああ!なな、なんだこれえええ!」
「待て、うぬは生きていたから、約束通り礼をくれてやろう」
「いいいらん!ヒイィ、なんかもう一本の腕も伸びてきたあああ!」


伸びてきた腕はぐるり、と腰を一周。がっちり掴まれたかと思えば勢いよく引き寄せられる、あーら不思議、あっという間にわたしは風魔の腕の中。


「ぎゃああ!」
「礼はしてあげる、どうしてほしい?」
「今すぐ離してほしいですね!」
「却下」
「なんでですか!」
「ならばどちらか選べ、我に喰われるか我に抱かれるか」
「どっちも同じだろうが!やだよ、全力で拒否するよ!」
「ちなみに我はうぬを犯したい」
「まさかの3択目も同じ意味かよ!」


忍の勘は間違ってなかった。

やはりこいつは見捨てるべきだったんだ、給料パァにしても見捨てるべきだったんだ!今更後悔しても無駄ということくらいわかってはいる。

とんでもない奴を助けてしまったことに、わたしは生まれて始めて本気で人(かどうか不明だが)をあの世行きにしてやりたいと思った。

その戦以来、どうやらわたしは風魔に気に入られてしまったようで暇さえあれば、隙さえあらば風魔はわたしを追いかけ回しては、モノにしようとする。

何故わたしなのか理由はわからない、あれの飼い主である北条氏康様に助けを求めてみたものの、いずれ飽きるだろうといったお言葉を頂いたのだが風魔は一向に飽きる様子を見せない。

むしろ段々ひどくなっているような気がしてならないのだが。


「余計なことを考えている暇などないだろう?」
「ひぎゃああ!」


飛び移った枝に突如として現れた風魔、まるでわたし自ら風魔に飛び込んでいったような形になってしまっている。それを好機とばかりにわたしを抱いて、風魔がにんまりと口の端を吊り上げた。


「追いかけっこはもう飽いた」


そう言って高い木の枝から降り、木の幹と自らでわたしを挟む、これはやばいぞ、非常にやばい。


「なまえ、いい加減礼を受け取れ」
「そんなお礼いらんわ!」
「うぬには混沌ではなく、快ら」
「だあああ!」


聞きたくない聞きたくない、風魔の口から良からぬ単語が全て飛び出しきる前に両手で口を塞いでやろうとしたが、ひょいと避けられ仕舞いにはその両手を木に押し付けられる。

快楽なんぞいらんわばかやろう、それなら混沌の方がいくらかマシだばかやろう!


「まずはその減らず口から塞いでやろう、我の口で」
「遠慮、辞退、拒否!」


近付く風魔の顔、一瞬いい匂いがしたなんて絶対認めない、幻覚だと言い聞かせて助けてほしい半面このまま流されてもいいかもしれないなんて、ありえない考えが出て来るのは風魔が幻術を使ったからに決まってる。

鼻と鼻がくっつきそうな距離、もうだめだときつく目をつむった直後に鈍い音がして、ふと押さえ付けられていた両手が自由になった。

あら、あらら?


「……滅殺」


目を開ければそこには風魔はおらず、少し離れたところまで吹っ飛ばされている。代わりに目の前には、わたしを風魔から庇うように立ち、ぶんぶんと鎖鎌を振り回す少なからず見覚えのある人。


「は、半蔵さぁぁん!」
「……無事か」


以前別の戦で援軍に行った時に知り合った、伊賀の忍をまとめあげる頭領。これはわたしの窮地に駆け付けてくれたと受け取っていいんですね?

なんて優しいお方なんだ!かっこよすぎる半蔵さん!


「半蔵さん……好きいぃぃ!」
「……当然」
「クク、我の邪魔をするか半蔵」
「……問答無用、葬る」


嬉しさのあまり半蔵さんにギュウギュウしがみつけば、ほんのちょっぴり口許を緩めてくれる。

その様子が気に入らないのか、ぴくりと頬を引き攣らせる風魔はぬらり、と瞬時にわたし達の眼前まで移動し、半蔵さんは待ち構えていたかの如く振り回していた鎖鎌を容赦なく叩き込む。

風魔め、これを機にくたばりやがれ、そして半蔵さんありがとう!あなたのこと多分忘れないから。目にも留まらぬ速さで攻防を繰り返す二人に、こうしちゃいられんと半蔵さんには悪いがそそくさと退散させて頂いた。


(クク……なまえに逃げられた)
(……ふん、自業自得)
(半蔵、責任を取って混沌に落ちよ)
(……貴様が死ね)


20100402
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