1059SS | ナノ

休日、決まって足を運ぶのが家から電車でひと駅離れた図書館、さすが国立とだけあって本や参考書の数は学校、本屋なんて比じゃないくらい多くて施設自体も大きい。

飲食スペースも充実していて図書館内は飲食厳禁だけれど、一歩館内から出ればすぐ隣にはカフェテリア。休憩がてら軽く昼食をとることもあって、ここのケーキがまた絶品でテレビで紹介されたこともあったり。

今日は少し寝坊してしまったから、お昼は家で食べていつものように図書館へと向かった。


「なまえは勉強熱心のいい子だな」
「こんにちは風魔さん」


図書館のカウンターにはいつものように風魔さんがいる、ちょっと顔色の優れていない司書のお兄さん。ククク、と怪しい笑みを浮かべているけれど何やかんやで優しいし、いつものことなので、気にしません。

そしてわたしもいつものように、読書スペースのテーブルが並ぶところへと足を向ける。


(……いた!)


奥の窓際テーブルの端っこが指定席なのか、休日にここへくると必ずいる。高い位置で髪を結っているあの人、服部半蔵さん。わたしの密やかな片想いの相手、最初の頃こそ真面目に勉強するため図書館に通っていたのだけれど、最近は服部さんを見たいがために通っている。

そう、ある日をきっかけにわたしは服部さんに恋をしたのです。

――半年くらい前の話、やっぱりあの席には服部さんがいて、その時はまだ全然なんとも思っていなくて、この人よくいるなあ、なんて思うくらい。

たまたま暖かかったその日は窓が開けられ、気持ちのいい柔らかな風が気まぐれに吹く程度。

わたしは服部さんの座る席の背後にある参考書の並ぶ背の高い本棚相手に、参考書を取ろうと、ひとり静かに激戦を繰り広げていた。何故か知らないけどこの辺りの棚って、脚立が見当たらないんだよね。

そこで、ぶわ、と強い風が入り込んできて、続いて紙の飛ぶ音。

何気なく振り返ってみたら、服部さんの手元にあったらしい紙が舞い、わたしの足元にも散らばっていたのだ。散らばった紙を集め始めた服部さんに、数枚だけれど近くに舞ってきた紙を集め、どうぞと手渡した。

――すまぬ、礼を言う。

ちょっと古風な物言いで痺れるようないい声、軽く頭を下げられながら言われた一言に一瞬くらり、ときて、構いません構いませんなんて慌てて言ったからきっと不審に思われただろう。

すぐさま背を向けて、再び背の高い本棚との激戦を開始しようと、なかなか届かない参考書に手を延ばした直後、呆気なく勝負は付いた。

す、と背後から延びてきた腕がわたしの欲していた参考書をいとも簡単に棚から抜き取ったのである。驚いて振り返れば、これが取りたかったのか?と参考書を差し出す服部さん。完全にノックアウト、完璧に射抜かれました、ウェルカム マイスウィート ラブ。文法がめちゃくちゃ?そんなもの知りません。

今までに感じたことのない胸の高鳴りに、これが恋、恋なのね……!なんてひとりドギマギしながら、帰っていく服部さんの背中を見つめ続けてた。

それから必ず週末には図書館に足を運ぶようになって、これは非常にどうでもいいのだけれど、風魔さんとも挨拶と簡単な会話をする仲に。本音を言えば、服部さんとも!と言いたいが、チキンのわたしには夢のまた夢の話。

名前を知れたのは、たまたま本を借りる際にカウンターへ行ったら先に服部さんが並んでいて、その時カードに書かれた名前を見たから。

ちなみにわたしが服部さんに片想いしていることを、風魔さんは何故か知っているようで、ちょくちょくからかわれたりする。(こっちは真剣なのにひどいもんだ!)

たまーにいない週もあったりするけれど、大抵いつもの席に着いて服部さんは本を読んでいたり、新聞を広げていたり、書き物をしたりしている。

そんな様子をわたしは遠巻きにちらちらと見ながら、今日も素敵だなあ、なんて本棚の影からぼやくのだ。他の図書館を利用している人達が不審な目で見てたって気にしない、恋する乙女は無敵なんだから!

ならば話し掛ければよかろう、なんて時折風魔さんが背後から話し掛けてくるけれど、無理に決まってるじゃないですか。緊張し過ぎてわたしの心臓爆発しますよ、確実に。

っていうか毎度のことなんですけど、人の背後に気配を消して立たないで欲しいかな、こっちはこっちで心臓に悪いですからね。


(……あれ?)


そんなこんなのくだりがあり、見つめ続けることいつの間にか半年が経っていて、その後進展は?というと、悲しいことに全くなし。

毎週毎週、家を出る前に今日こそは!なんて意気込むものの、やはり本人を目の前にすると緊張してどうしていいのか、わからなくなる。

挨拶からしてみようとも思ったけれど、一目惚れした次の週はいなかったから、完全にタイミングを逃して、その日帰ってからひどく落ち込んだのは今思えばしょっぱい思い出だ。

そして今日も遠巻きに服部さんを視界に捕らえたところ、なんだか少しいつもとは様子が違っているような……。

テーブルに頬杖をつきながら本を読んでいるように見えたが、いつまで経ってもページをめくられることがない。よくよく見ていると、うつらうつらしてる。


「うたた寝!何しても素敵、超絵になる!」
「いい加減、話し掛けたらどうだ」
「ふ、風魔さん!?背後に立たないで下さいってば」


何度やめてくれと頼んでも相変わらず背後から話し掛けてくる風魔さん、こっそり見つめ続け、服部さんの隣で一緒にうたた寝したい!なんて漏らせば、ちゃっかり隣へ行って寝ればいいだろう、と言うがそれが出来ていたらわたしはこんなところにいませんからね。


「全くうぬらの奥手さには呆れて物も言えぬな」
「はい?」


ふう、やれやれとため息をついた風魔さんの言葉に些か疑問が生まれた。うぬら?なんで、複数形?振り返ろうとしたところで急に目の前が真っ暗に。最後に見えたのは、風魔さんの足元のみ。


「……あ、れ?」


ぱちり、と目を開ければ目の前に広がったのはテーブルの木目、どうやら突っ伏して眠っていたようだ。首やら背中やらがぎしぎし痛む。

……ん?眠っていた?ちょっと待て。どうしてわたしは寝てたんだ、さっきまで遠巻きに服部さんを見つめて風魔さんに背後に立たないでって話をしていて、えぇと、それから。ぷっつりと途切れたそこからの記憶、体勢を起こして状況を確認しようと辺りを見回しかけ、すぐ隣に服部さん。


「起きたか」


すでに日はとっぷり暮れていて外は夕闇に包まれてる、館内には誰ひとりとして残っておらず、異常な静けさの中、服部さんの声だけがやけに響いて聞こえた。


「え、えぇと?」
「あの馬鹿、鍵となまえを寄越して帰った」
「ば、馬鹿?……あ、風魔さん?」
「痛むところはないか」


手荒な……とか余計な真似を……とか服部さんはわたしを頭の上からつま先まで視線を何度も往復させ、何故か安否を確認。大丈夫です?と疑問になりつつも答えれば、ほっとしたように安堵のため息をついた。

わたしが寝てしまっていた理由はいまいちよくわからないのだが、服部さんが持っているという鍵は恐らく図書館のもの、そして帰ったらしい風魔さんはわたしにチャンスをくれたつもりなのだろう。

思い過ごし、勘違いでなければ、とてつもなく強引過ぎるチャンスを。


「あ、あの……服部さ」
「半蔵」
「え?」
「半蔵」
「……半蔵、さん?」
「応」


なんとも言えない微妙な空気が流れる中、恐る恐る名を呼べば、違うとばかりに下の名を強調される。それで呼べということなのだろうと解釈して、名を繰り返せば微かに笑った服……半蔵さん。

帰るぞ、と席を立ったので慌てて後に続いて席を立つ、図書館に来てから随分と時間が経っているが、もしかして半蔵さんはわたしが起きるまでずっとここで待っていてくれたのだろうか。


「来週末は」
「ははははいっ!」


にやけそうになる顔を必死に堪えていると、不意に先を行く半蔵さんが振り返り、尋ねてくる。来週末?


「いるのか」
「図書館に、ですか?」


こくり、と頷かれ一応行くつもりですと返す。


「ならばまた、来週末、ここで」


鍵を守衛室に返すからと、半蔵さんとは図書館の玄関先で別れた、いつもの指定席を指差しながらまたここで、と。

これはつまり、待ち合わせを……。

しちゃった?

今更熱くなる顔を両手で押さえ、後からじわじわやってくる幸福感に内心ガッツポーズでひとり身悶える。これは、もしかしたらもしかするかもしれない。

来週末が待ち遠しくて、その日の夜はなかなか寝付けずにいた。


(クク……半蔵も余程焦っていると見える、あの棚の周囲にある脚立を片付けておけなどとまあ……互いに普通に話し掛ればよいものを、あぁ愉快愉快)

20100409
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