1059SS | ナノ

お前もな、ほら、年頃であるしそろそろ……。

目線がふよふよと定まらない父、暗に「はよ嫁に行け、もしくは婿を取れ」と言いたいらしい、ずばり言えないのは、私がすでに行き遅れに片足を突っ込んでいるからだということは、自分でもよくわかっていた。言いにくいのだと思う。

政略結婚はみんな姉達がこなしてくれて、末っ子の私は特に手塩をかけられることなく(かと言って放任、というわけでもない)自由気ままに赴くまま育ってきた。

そのせいなのか、乗り気にならない物事は全て避けたし、それとなくやってきた縁談も相手方の方から「今回はご縁がなかったということで……」と言ってくるようにわざと粗相をしでかした。

さすがにそれが何度も続けば世間体もあるわけで、父も私を放置しておくわけにもいかず、何でもいい誰でもいいくるもの拒まず!そんな勢いで縁談を片っ端から受けて私に寄越した。

こうなったらもう根比べ、意固地になってしまい、父が受けてきたものを、同じように片っ端から破談にすべく尽力。

「なまえよ」
「はい父上」
「何故全ての縁談がこうも上手くいかないのだ……お前は見てくれが悪いわけでもなく、器量もそこそこ、なのに何故皆こぞって縁談を取り止めてしまうのだ……」
「父上」
「うん?」
「それは私がわざと殿方に粗相をやらかしているからです」
「お、お前と言うやつはアアア!」
「父上、泣かないでください」
「だ、誰のせいだと……!」

勝者は私、父の憔悴しきった顔を見たら少しだけ罪悪感が燻った、何故と聞かれても乗り気じゃないからとしか言いようがない、どいつもこいつも面白くもなんともない、ひどいくらいにつまらない殿方ばかりでいまいちピンとこないから。

「いつまでも独り身ではお前も恥ずかしかろう!」
「いえ」
「ヒソヒソ言われてもいいのか?嫌だろう!ね、お願いだから嫁に行こ?」
「はあ……父上が恥ずかしいのでしたら山奥にでも幽閉してください、私もその方が気が楽です」
「いや、ほらそれはちょっと……さすがのわしも良心が痛むし、やはり可愛い娘には変わりないし」
「私も絶対に、というわけではありません」
「だったら何故!」
「だから何度も言っておりますように、どいつもこいつも薄っぺらい殿方ばかりで辟易してるんです!」
「……えっと、あー、そう言われてみれば、その」

そらみたことか、口先三寸だったり虚言癖があったりとロクな奴がいなかった、そもそも父が手当り次第に話を持ってくるのがいけない、もっとよく相手を吟味してから連れてきて欲しいものだ。

何事にも一生懸命でひたむきに頑張る、そういう方なら私もそばで支えたいと思う、優しければなお良し。顔はまあ……良ければ儲け物。

「随分とわがままだな……」
「絶対とは言ってません、私も妥協はします、今までの方々が最悪だったものですから」
「うむう、仕方あるまい、なれば父も今一度尽力しちゃおうぞ!」
「父上、気色悪いです」
「ひどい!」

こんな上から目線の娘に婿なんか見つかりっこない、そう信じ込んでいたさなかのことだ。三日もしないうちに父がえらくご機嫌で、一枚の書状をひらつかせながら私の元へとやってきた。

……早くない?大丈夫?

「喜ぶがいいぞなまえ」
「はあ」
「今度こそは!」
「また縁談ですか」
「聞いて驚け、今度の相手は島津家よ!」
「……冗談でしょ」

あの島津家だろうか、鬼島津と関係が無ければいいのだけれど……今までが今までだったからいきなりそんな名家を捕まえてくるなんて。

「かの鬼島津と称された義弘殿の甥っ子、豊久殿がぜひ会ってみたいと!」
「うわあ……」
「直接会って言葉を交わしたのだが実直で好青年、きっとなまえも気に入ると思うぞ!」
「父上にはそう見えても私は」
「まあ待て、そう言うと思うてな、時は金なり善は急げ!互いに会うてみなければわからんだろうから、もう呼んであるぞ!」
「……はい?」

何なのこの父上、馬鹿なの死ぬの?縁談取り付けてもう呼ぶ?それに私人前に出れ……なくもないけど、あまりいいとは言えない着物なんですけど。そうこうしているうちに父は「おーい豊久殿ぉ!」と呼び付ける。

え、ちょっと待って今?今すぐなの?それになんだか軽くない?父上ものすごく軽くない!?

「し、し、失礼つかか、つかま、つる!」
「そんな緊張しないで頂きたい豊久殿、これが以前話した娘のなまえですぞ、少々捻くれてはおりますが根は優しい子ですぞ」

襖が勢いよく開け放たれた、すぐそこで待機していたらしい、よく日焼けした精悍な顔付きの青年がお見えになった。

青年とは言えどその顔立ちはまだあどけなさが残っている、ひどく緊張した様子で最初から噛みまくりである、少しだけ身構えていたけれど、拍子抜けした。

「しし、島ドゥッ、島津豊久と言います!こ、こここの度はおひ、お日柄ららら!」
「……ぷ」
「……っ!」

思わず噴き出してしまったら、焼けた肌でもはっきりと見て取れるほどに顔が赤らむ、何をそんなに緊張することがあるのだろうか。

「では後は若い二人で……なまえ、粗相は許さぬぞ」
「……はい、父上」

ほくほく顔の父を睨む、どこ吹く風で父は嬉しげに部屋を出ていった。残ったのは私と島津の甥っ子殿のみ。

「豊久様?」
「え、あ!は、はいっ!」
「よろしければこちらにお掛けになられてはいかがでしょうか、立っているのもなんですし」
「か、かた、かたじけない!」

入り口から一歩も動かない豊久様に声を掛ければ彼は弾かれたように動き出す(両手足が一緒に出てる……)ぎこちなく私の真ん前を陣取り、これでもかと背筋を伸ばしきりながら畏まる。

「豊久様」
「ええと、な、なんで、ござる?」

ひとつひとつ言葉を選んで絞り出している様がおかしくて堪らない、きっと向こうも男らしく行けなどと念を押されてきたのだろう、馬鹿にされては困るから言葉にも気を付けるように、とも言われてるはずだ。

そうでなければこんな風にいびつな口調にはならないと思う、醸し出す雰囲気とまるで噛み合っていない。

父から私のことをどんな風に聞いているのかは知らないが、こんなにもガチガチになられていては、本来の彼がどのような人物なのかを知るにも知れない。まずはゆるりとして頂かないと。

「父から私のことはどのように?」
「き、気難しい方で、近寄り難いと……でも、あっ、しかし見目は良い方で、何でもそつ無く、そう聞いてる……ので、である!」
「はあ……」

気難しくて近寄り難いってそれ言っちゃう?そんな父上に物申したい、自分の娘を見目が良い方っていうのもちょっとね。別にこの縁談が上手くまとまるなんて最初から期待も何もしてないけど、それよりも豊久様のしゃべり方、どうにかならないのかな。

「あの、なまえ殿は俺……そ、某をどんなふ、どのように?」

さっき縁談の話を聞いたので詳しくは特に何も、なんて口が裂けても言えない。

「感じの良い好青年、と」
「そ、そっか!あ、いや、そうですか!」

一瞬、ぽろりと出た素、しゃべりにくそうな口調は可哀想とすら思えてくる、私如きに遠慮も何もしなくていいのに。普段通りで構いません、そうすれば私も普段通りに振る舞えます、その方がお互いに気が楽だと思うのですが。

控えめに提案すれば、豊久様はぱちくりと目を瞬かせ、すぐに安堵したようなため息をついた。

「そう言ってもらえると助かる、堅苦しいのって苦手で」
「こちらとしても、いつまでも妙な言い回しで喋られると笑いを堪えるのに苦労するし」
「……やっぱ変だった?」
「だいぶ」

うわ、恥ずかし!とガシガシ頭を掻いて豊久様は私を一瞥して俯いた、伸びきっていた背筋も少し緩んできたみたい。

「でも、良かった」
「何が?」
「想像してたのよりも、なんて言うか雰囲気が柔くて!思ったよりも優しい!」
「……はあ」

多分褒められているんだと思う、豊久様は顔を上げると、しばし目線を泳がせた後、力強くまっすぐな視線を寄越した。腹を括ったような、大きな決意をしたような、そんな眼差しに思わずたじろぐ。

「そ、それに!全然悪くないんだ……その、一目見た時から……か、可愛いと……!」
「……え?」
「俺、なまえのこと大事にする!」

ぎゅう、と握られた両手がちょっと痛い、どうしようこれって話がまとまったってこと……?はにかんだ表情が眩し過ぎる。

20140326
20200421修正
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