1059SS | ナノ

これの続き

図書館の帰りにこじんまりとしたカフェに立ち寄った、店内に漂うコーヒーの香りが鼻腔を刺激する。

モダンな店先なのに店内はずいぶんとレトロ、アンティークが所々に飾られて雰囲気はだいぶ好み。

お店のメインメニューは世界各地のコーヒーで私は苦いものが苦手だからもちろんコーヒーも苦手、それを店主に告げれば笑顔で甘めのカプチーノなら大丈夫でしょう、と勧められた。

飲んでみてびっくり、すごく美味しい。

泡立てられた牛乳がふわふわとエスプレッソの上で踊る、砂糖を多めにしてもらえたことで苦手意識は遠い彼方へと飛んでいったらしい。

甘ーいカプチーノに限るけれど。

私がカフェに立ち寄った理由は遠くで低く唸る雷、それから一向にやむ気配を見せない雨のせい、だからしばらくはこのカフェで雨宿り。

窓の外は土砂降りの雨、運悪く傘を持っていなかった、借りてきた図書館の本を濡らすのは気が引けたしただのスコールだと思ってた。

「それがまさかの本降りって…」

内心がっくり肩を落しながらちびちびとカプチーノを啜る、雨脚は強くなるばかり、そんな天気のせいか店内は私一人。

暇つぶしに借りてきた本でも読もうかと鞄に手を延ばし掛けたところで窓の外、向かい側の道路を駆け足で渡ってくる人がちらりと見えた。

だいぶ強く降り注ぐ雨の中、近付いてくる人影にあの人も災難だなあと小さく呟く。

「……あれ?」

じっと見つめているうちにその人がよく見知った人物だということに気付き、思わず席から立ち上がる。

髪を高い位置で結い上げ、濃紺のシャツがよく似合う人物を私は一人だけ知っているじゃないか、どうしてすぐに気付かなかったんだろう。

「半蔵さん!」

聞こえるはずがないのにも関わらず、窓ガラス越しに大きく手を振りながら気付けば名前を叫んでいた。声は届かなかったかもしれないが、大きな身振り手振りに気付いてくれたのだろう。私に気付いたらしい彼は口許に小さく笑みを浮かべて、片手を上げた。

勉強だったり単なる読者だったり図書館に通うことの多い私は、同じく図書館に通うことの多いらしい半蔵さんとひょんなことから仲良くなったのだ。(そして私は半蔵さんに絶賛片想い中である)

半蔵さんは窓ガラスの外からちょいちょいと私の席辺りを指差し示す、恐らく隣いいか?と聞いているのだろう。

「も、もちろんです!」


それこそ何度も頷き隣の席をばしばし叩けば半蔵さんはまた笑って、お店の入口へと足を向けた。今の半蔵さんの姿に見とれない人がいたらぜひともお目に掛かって、その素敵さを一から語り尽くしてあげたいと思う。

水も滴るいい男っていう言葉は半蔵のためにあるようなものだと、私は信じて疑わない。濡れた黒髪の艶やかさと後れ毛がうなじに張り付いて色っぽい、濡れた濃紺のシャツが肌に張り付いてこれまた色っぽい。

「……」
「……ああ、すまぬ」

あまりのかっこよさにもう何も言えなくて、無言のままハンカチを差し出せば、半蔵さんは若干すまなそうにしながらもそれを受け取ってくれる。いえ、いいんです構いません半蔵さんのためならばハンカチの10枚や20枚軽いものですから。

「災難だったな、なまえ」
「ですね、私はまだ降り始めでしたけど半蔵さんはすごい雨の中をきてましたからね」
「まさか降るとは」
「思いもしませんでしたよ、もちろん傘も持ってませんでしたし」
「同じく」

互いにしばらくはここで雨宿りだな、と言われながらも不幸中の幸いだと思ってしまうのは半蔵さんに悪いだろうか。いやでも二人でお茶できることなんか滅多にないし、ましてや好きな人だから尚更もう少し一緒にいたいというのは私のわがまま。

「……すまぬ、だいぶ濡れてしまった」
「いえ、ハンカチくらい気にしないで下さい!それより半蔵さんが風邪を引いちゃう方が心配ですよ」

す、と流れるような動作で垂れてきた髪を無造作に耳に掛ける仕草に見とれ、思わず凝視してしまう。視線に気付いた半蔵さんと目が合ってしまい、慌てて逸らす。

うわ、どうしよ。

今の私絶対変な子って思われた!隣で笑いを噛み殺しているのがなんとなくわかったから、余計に恥ずかしい。

「どうかしたか」
「え、や、えぇと、そのですね!」
「……見とれたか?」

既に笑いを噛み殺すことをやめて、ついには笑い出した半蔵さん。そんないきなり風魔さんみたいなこと聞くなんて!恥ずかしいのとびっくりした相乗効果で言葉が詰まる、半蔵さんてこんな性格の人でしたっけ?

「えぇと、あ、雨早くやむといいですね!」

どう返したらよいものか、苦し紛れに出てきた言葉だが私としてはまだまだ雨はやんでほしくない。

「……やむな、と願うは俺だけか」
「え、」
「……なまえ、俺といるのは嫌か」
「い、嫌?あ、違っ!嫌じゃないです全然嫌じゃなくてむしろっ!」
「むしろ、なんだ?」
「……」
「なまえ?」

恥ずかし過ぎる。

誘導尋問みたいにここまで言わせといて、もう言わなくてもわかるでしょうに。まだ言わせるつもりですか半蔵さん。ほてってきた顔にひやりとした半蔵さんの手が触れて、俯いていた顔を少しだけ上げてみる。

悪戯っぽく笑う彼にまた見とれた後、ずっとつっかえていた言葉を出すためにぎこちなく口を開いた。


ある雨の日に君と
(世界中の雨雲が全部この場所に集まってくればいいと思った)

20100903
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