1059SS | ナノ

「起立、礼」
「はい、おはよう」

ばらばらとそれぞれが眠い目を擦りながら、一時間目の授業開始の号令を教師と交わす。生徒ら以上に眠たげな目を携え、教師である毛利元就はのらり、と教壇に付くなり近くの椅子へと着席。

ひどく緩慢に片手を上げ、一言。

「じゃあ今日は自己授業で」
「元就先生またですか!」
「また?違うよこの間は自己学習じゃないか、今度は自己授業」
「言い方変えただけで結局同じでしょう!」
「全然違うと思うけど」

鋭い突っ込みでクラスの委員長を務めるなまえは今回こそは、とばかりにこのぐうたら教師に物申す。いい加減授業らしい授業をしろ、そう眼力に込めて睨むが依然元就はへらり、としたまま。

最終学年のなまえ達生徒にとって、今学期の成績が大学へ進むに当たり重要になってくる。そんな大事な時期に自習の続くこの授業は異質でもあったし、何よりなまえには耐え難い苦痛でもあった。

元々正義感が強めということもあったせいか、初回から教室にはいるものの、ただの一度もチョークも持たず、教科書も開かせない元就をなんとかしてやる気にさせようと躍起になる。

「なまえは頑張り屋さんだねえ」
「元就先生も頑張って下さい!」
「そうだねえ」

毎度のことながらご苦労なこった、とクラスメイトは半分諦めながらもそねやり取りを横目に、各々必要な科目の復習に励む。

大殿先生だから仕方がないと高を括って、自己学習に励めばいいのになまえも不毛だよな。

他の生徒らの心情が届くはずもなく、今日もまた、なまえとぐうたら教師の戦いの火蓋が切って落とされる。

緩い雰囲気を纏い、掴み所のない性格、授業スタイルは常に自習。試験前にはいつの間に用意したのか、よく考え込まれた問題が並ぶプリント集が配られる。

どんなにぐうたらだとしても、プリント集のお陰もあってか、どのクラスでも単位を落とすことがないから不思議だ。それ故に誰が付けたのか、いつの間にか大殿先生だなんてあだ名が付いていた。

「大丈夫さ、みんな成績が悪いわけじゃないだろう?」
「そうじゃなくて先生自身の問題です」
「私かい?」
「授業らし授業をしないで、もし教育委員会に訴えられでもしたらどうする気ですか」

この授業を万が一、保護者らに見られでもしたら給料泥棒などと、言われることはまず間違いない。試験前にあんないいプリントが作れるのだ、ただ授業さえしてくれればもう何も言うことはないのに。

「私を按じてくれてるのかな?なまえは優しい子だね」
「元就先生、わたしは真剣に!」

だん!と遂には拳を机にたたき付け、立ち上がって抗議するなまえ。一番後ろの席にいるために、間にいる生徒らは巻き込まれてかなわん、とばかりに縮こまる。あくまでも我、関せずの体制は崩さない。

「ほらほら、自己勉強……ん?自己授業だったかな?してる子もいるからね、前の方においで」
「えぇそうしますとも」

のほん、としたままの元就はなんの躊躇いもなく自身の膝を叩いて手招きをしている。言わずもがなお膝にどうぞ、ということだ。

「さ、どうぞ」
「……なんのつもりですか」
「ん?」

ふざけているのか、本気なのかわからない笑みに、またなまえの怒りのボルテージが上昇する。

あぁ、頼むからこれ以上なまえを刺激しないであげて下さい、大殿先生。そんな生徒らの心情もまた元就に届くことはなく、一方的な言い争いはますますヒートアップ。

「あぁぁもう!だから先生としての自覚とかないんですか、ポリシーだとか!」
「そうだなあ……うーん、ないよ」
「こんのっ!元就先生がそんなぐうたらして、生徒に示しがつきますか!」
「みんないい子だから、ほら現に静かにやっているし」
「ぐ……」

確かにそれを言われてしまうと、何も言えない。生徒らの本音を言えばいい子なのかどうかは別として、この不毛な争いに巻き込まれたくないがためだけのこと。

だからこうして自らを空気と化しているんだから、巻き込まないで下さい大殿先生。そんな生徒らの心の叫びも、なまえはおろか、元就に届くはずもなかった。

もはや反撃のしようがなくなったなまえ、残りの授業時間もすでに10分を切っている。また時間切れで敗れるというのか、わたしはただ、元就先生の普通に授業を受けたかっただけなのに。なまえはしかめっ面で時計を一瞥し、元就に視線を戻した。

入学したばかりの頃、別の授業で担当の教師がたまたま風邪で休み、自習の監督に来た元就。柔らかい雰囲気の先生だな、とその時はそう思っただけだった。元就が担当する授業になかなか当たらず、生徒の間ではいい先生だと定評があったから。

とてもわかりやすい授業をしてくれるんだろうと、元就の授業を受けている人が羨ましかった。

そしてついにやってきた最終学年、そこでなまえは初めて元就の持つ授業に当たるのだが、授業にすらならなかったことにひどく憤慨して今日までに至る。

「見方によっては各々の自主学習能力を高められて、いいと思う」
「今思い付いた、みたいな表情出てる時に言われても説得力ありません」
「ばれてしまったか」

残り、5分。

元就は再び自身の膝を叩き、手招く。座りませんよ!と警戒するなまえ。教師のくせに何を言うんだこの人は、と内心ため息が止まらない。

……あぁ、でもね。

徐に立ち上がり元就は教室内にいる人全員に呼び掛けるように、口を開く。

「私は私なりに思うことはあるよ」

にっこりと、それこそ満面の笑みといえよう笑顔を惜しみ無く咲かせる。

いつもののらりくらりとした行動の遅さからは想像もつかない俊敏さで、隣にいたなまえの肩を抱いて引き寄せた。

何が起きたのかわからないなまえは、ただ呆然とするばかり、生徒の視線も一斉前へと集まる。

「なまえが友達と談笑しているのをもっと近くで見たくてね……あぁ、でも逆効果だったかな?」
「え……はぁ?」
「結果的には私がなまえとたくさんおしゃべり出来たけど、見たいのは笑顔なんだ……」
「な、なに言って」

そのためだけに授業を尽く自習ばかりにしていたのか、もう怒りを通り越して呆れる他ない。

「で、ひとつ注意点、授業態度も何割か試験の点数に加算されるだろう?」

だからね、と元就は笑顔を崩さないまま続ける。

なまえにいらないちょっかいを掛けたら5点減点、告白なんかしたら評定1にしてしまうかもしれないね。

もし、私以外の誰かがなまえに告白されたら全員留年ってどうかな?

一瞬にしてその場が凍り付く、とんでもないことを言い出したぞこの教師。しかしこの絶対零度とも言える笑みを携えた奴ならやりかねない。

しん、となった教室に授業終了を告げるチャイムが、ひどく間の抜けた音に聞こえた。じゃあそういうことだからね、と最後にまた意味深な微笑みを残し、元就は教室を後にした。

「な、なな!」


謀り神の微笑み
(悲痛ともとれるなまえの叫び声が廊下にまで響き渡り、憔悴しきった教室の雰囲気に、次の授業に来た左近は訝しげに首を傾げるばかりだった)

20100205
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