1059SS | ナノ

月のない、今が乱世だとは到底思えぬような静かな晩。暗幕でも被せたかのように星の瞬きも些か鈍い今宵、雲はほとんどないに等しい。

そんな物寂しさを感じさせる天を見上げ、部屋の明かり取りの円窓から、ほんの少し身を乗り出しては闇に触れようなど、と突拍子もなく不可思議な考えを起こし、漆黒に手を延ばした。

指先は空を切り、闇は気ままなものだと自分でも理解不能な独り言を呟く。

「うぬは何を求める」

延ばした手を引っ込め、辺りを見回し声がした方に幾度となく視線をさ迷わせるのだが、一向に姿は見えず、声だけが闇夜に漂う。

「……だれ」

不気味この上ない、もしやモノノケか。

低く笑う声はこの狼狽様を見ているのか、ひどく愉しげにわざとがましく声を漏らして笑っている。不気味な上に不愉快極まりない。向こうはこちらが見えていて、こちらからは向こうが見えない。

「わたしは何も求めてない」
「嘘をつけ、うぬは求めている」
「求めてない」
「混沌渦巻く中で答えを求めている」

混沌、声の主が言うそれはきっとこの乱世のこと。わたしは別に答えがほしいわけじゃない、一日も早く乱世の終焉を迎えてほしいとただ、ただ願っているだけだ。

直にこの城も苛烈する乱世の戦渦によって飲み込まれていくだろう、名だたる大名や将達が面とぶつかり合い、大きな戦が起きる。それに伴いどさくさに紛れ、あわよくばと第三者、第四者の介入により乱戦となることは容易に想像がつく。

「怪しい奴、人を呼ぶぞ」

未だくつくつと笑う不審な侵入者に脅しかけ、ほんの少し腰を浮かせた。まだ声は外から聞こえる、恐らく屋根の上にいるのだろう。大声で叫び散らしても構わないが、否応なく乱世に巻き込まれぴりぴりとしている城の者達を起こしてしまうのは、些か忍びない。

それに叫べばこの侵入者は逃走を計る、大声で人を呼ぶはいいが、問題の侵入者を逃がしては元も子もない。

さて、どうしたものか。

「呼ぶがいい、呼べるものならな」

どうせなら引っ捕らえてくれようかと立ち上がり掛け、今まで外から聞こえていた声が背後から掛かる。

「なっ……!」
「まあ、無理だろうが」

いつの間に。

こうなっては致し方ないと叫ぶべく吸い込んだ息は肺に留まったまま、自力で出すことは叶わなくなった。振り返りかけ、恐ろしくでかい身の丈をした男が目の端に映り、背後から口を塞がれたのだ。暴れることを予め予測していたのか、抱き込まれる形になり身じろぎひとつ取れやしない。

不覚。

「なまえさま、まだ起きていらっしゃるのですか?」

しめた!

たまたま通り掛かったのであろう、侍女が襖の向こうから声を掛けてきた。

「窓が開け放たれたままですし、お風邪を召されますと大変ですよ」

返答がなければ侍女はわたしが寝ているものだと思い、部屋に入り窓を閉めにくる。返答がないことを不審に思ってくれれば、尚よし。

さあ、如何する侵入者。侍女は、お休みしてしまったのかしらと呟いている。早く襖を開けて、わたしの代わりに叫んで頂戴。

「失礼し……」
「……ああ待って、開けないで」
「なまえさま?」
「静かに、二十日鼠が迷い込んだみたい、襖を開けたら逃げてしまうから」

愕然とした。

わたしは口を塞がれているはずなのに、わたしの声がする。言わずもがなその声を発しているのは、この侵入者。侍女に襖を開けるなと指示し、やんわりとした言葉口調で追い返す。

あらまあ、そうでしたのねと下がってしまう侍女、なす術がなくなった。まるで影の如き身のこなしや、気配の消し方、人様の口真似が相当やり手の忍だと示唆。

「驚いたか?うぬは面白い奴よ、我に臆せず向かってこようとした」

侍女がいなくなってから元の声に戻った忍は驚愕に目を見張るわたしを見ては、それはそれは愉快そうに笑い出す。

「我は風魔、禍つ風なり」

風魔、確か北条家に仕えていた忍の一族。北条が没落してから所在もわからぬまま、誰も行方を知らずと聞いている。しかしそれが今、ここに在る。何故と聞くまでもなく風魔の忍は、うぬの持ち得る混沌が我を引いて寄せたのだと勝手に口を開きだした。

そして、うぬの名はと尋ねてくるものだから、貴様の手がわたしの口を封じているために言えないのだとほんの少しだけ動かせる顔を、横に振る。

「叫ばれては敵わぬ、そのまま申せ」
(……なまえ)
「そうか、なまえか」

ぱくぱくと口を動かせば、それだけで読み取れたのか名を繰り返す。こやつはわたしをどうする気なのだ、このような命を散らせても何ひとつ変わることなどない。

「うぬはしばらく我が預かろう」

てっきり殺されるものだとばかり思っていたのだが、何やら違うようだ。気が付いたら視界が一瞬にして開け、闇夜を切り裂くような速さで駆け抜けている。

わたしの中で、あるひとつの方程式が出来上がった。風魔の忍とは人攫いなのである、と。


を呼ぶ風
(元より壊す気などない、純粋に欲しいと願った故の行動だ)

20100308
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