頭がうまく働かない。
ぼんやりとした視界が次第にはっきりしてくると、一番最初に見えたものは天井。
と、なると自分は寝ていた、ということがわかる。
(さっきまで研究室にいたはずだが)
「全くもー!ろくに食べない、睡眠も満足にとらないから!」
「……?」
声のした方を向けば見知らぬ奴が一人、カルテのようなものに何かを書き込んでいた。白衣をまとい、パソコンに向かうと慣れた手つきで入力をする。
大方、私のデータだろう。
「あ、申し遅れましたが私、最近配属されましたなまえと申します。主に医療担当です」
「………」
「まあ、元々はブリーダーなんですけど。あ、そうそう勝手に採血させて頂きましたよ、貧血気味ですねーカルシウムも足りてませんよー」
「……は?」
「イライラされてるとかじゃなくて真面目に、骨密度の数値やばいですよ、成人男性の平均量に届いてませんからねー、そのうちポッキリいっても知りませんよー?」
はははー、と乾いたような笑い声を上げそいつはパソコンの画面から目を離してこちらにやってきた。
白衣の下には濃灰Vネックのセーターに、スラックス。ギンガ団という自覚はまるでないようだ。
近くにあったパイプ椅子をガタガタと引き寄せ、ベッドの脇に座ると私の手首で脈を計り始めた。
「脈は元通り」
「私は……」
「あー、だめですダメダメ。しばらくの間は絶対安静です」
彼女は(なまえと言ったか?)起き上がりかけた私を押し戻した。抵抗する力も起きずされるがまま、ベッドに逆戻り。
「私はまだやらなければならない仕事が」
「それならサターンに頼み(押し付け)ましたから大丈夫です」
「ならここで」
「許可できませんね、脳みそも休ませるようにして下さい」
「………」
なんだこいつは。知らないぞ、こんなやつが入っていたなんて。
「最低、3日は寝たきりでいてもらいますので」
「ふざけるな、私はやることがあると言っている」
「その物言い、目、離したら絶対こっから抜けますね?」
「当たり前だ」
「じゃあ、目ぇ離しません」
私の横でパイプ椅子に腰掛け、そこから動く気配は全くない。もう反応することさえも面倒だ。
抜け出そうと思うものの体が全くついていかない、ベッドに体を預けたまま目だけをなまえに向ける。
何かの書類に目を通してはチェックを書き入れているようだ。チェックし終わったものは側にあるテーブルに置き、また別の書類に手を延ばす。
不意に目が合ってしまい気まずくなり、すぐに逸らした。
「何だか拍子抜けしましたよ」
「何がだ」
「頑固そうだから何がなんでも、ここから出ていこうとすると思ったのに」
「わざわざむだな体力を使いたくなどない」
私の言葉を最後に、しばらくの沈黙が続いた。時折なまえは時計を確認している。
「時間が気になるのか」
「えぇ、まあ」
「……」
「なかなか寝ないなーと思いまして」
「は?」
どうやら私が寝付かないのが気になっているらしい。当たり前だ、眠くなどない。
そう言ってやれば困ったように肩をすくめた。
すると、何を思ったのか立ち上がり別室へと姿を消す。すぐに戻ってきたかと思えば手には白いマグカップ。
ふんわりと湯気が立ち上っていた。
「飲んでみて下さい」
「なんだ?」
「ホットミルクですよ、温まります」
「……」
「やだなあ、なんですか?別に何も盛ってなんかいませんてば」
半ば半強制的に押し付けられたマグカップ、なまえはにこにこしながら再び横に居座っている。
仕方なく口を付ければほんのりとした甘さがあった、じんわりとホットミルクの熱が体中に伝わっていく。
それと同時に微かにだが、睡魔を感じた。
「安心してお休みして下さい、アカギさん」
「……ふん」
いつの間に眠っていたのか、気付いたら辺りは薄暗い状態だった。
寝ていたベッドが妙に暑いと思ったら、なまえがさりげなく潜り込んでいた。
(……理解できない)
優しさか、情けか
(貰ったホットミルクは、とても温かい味だった)
20081118
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