「なまえ」
「なーに?」
「腹が減った」
「冷蔵庫にオボンの実が」
「精神的に」
「はい?」
読めない表情でじっと見つめてくる彼は私の手を掴みながら真顔で言い放つ。
名前はデオキシス、淡々と話す口調は機嫌が悪いのかというわけでもなくて、これはそういう性質である、宇宙で生まれて育ったらしいこのポケモンは昔から謎だらけ。
ちなみに喜怒哀楽の差は常に微妙。
「精神的に腹が減った」
「それは、どういう……意味?」
「言ってもいいのか」
「だってわからないし」
いやな汗が背中を伝う。わからないはずがないけれど、とぼけておかなければならない理由がある、危機管理はきちんと持たなければ。
未だ手はしっかり捕まえられたまま、解放してくれそうもない。どうしようこの状況。
「言えばなまえは赤くなる」
「じゃ、言わなくていいかな」
「精神的に腹が減った」
「い、言わなくていいってば!」
「つまり、なまえを食べたい」
「わ、私は美味しくないし食べ物じゃありませんっ」
「物理的には食べない、もういい実行する、まずは上から味わ」
「ぎゃー!」
「やはり赤くなっ……もが」
こんなことを真顔で言われて恥ずかしくない人がどこにいようか。慌ててデオキシスの口を塞ぐが、時すでに遅し。塞いだ手をつつ、と舌でなぞられて鳥肌が立った。
「いつ見てもおいしそう」
「そんなこと言われても嬉しくないよ」
「本当のことだから仕方がない」
言い終わるが早いか、すでに唇は塞がれて酸素を十分に取り込む隙もないキスの嵐。人間はこういうのが好きなのだろうとか、気持ちいいからおれも好きだとか、キスの合間に言うのはずるい。
「デオ、ふ……う」
どちらのともつかない唾液が顎を伝う、もはや彼を止める手立てなどない。
上から下まで味わい尽くされるのだが、今に始まったことでもないからつい流れに任せてしまう。
「本当は嬉しいくせに……我慢するのはよくない」
「なっ!?」
だだ。
いとも簡単に心の内を読まれてしまうのが些か納得がいかない上に、それをはっきりと言われてしまうのが恥ずかしくて仕方がない。
首筋に顔を埋め、よく気にかけていないとわからないほど小さく笑ったデオキシス。
珍しくとても上機嫌のようで、まあいいか、と結局また許してしまう。
「デオキシス、嬉しそう」
「今日のなまえは少し身体が冷たい」
「そう?」
「そう、温め甲斐がある」
するすると這い回る赤と緑の触手と手は思いの外とても熱かった。
20090403
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