BSR | ナノ

三成くんとはクラスが違うので途中で別れ、それぞれの教室へ向かう。
教室に入れば、同じクラスメイトの孫市ちゃんが私に気付いてひらひらと手を振ってくれた。途端に盛大な安堵のため息が漏れ、孫市ちゃんの席へ一直線。あああ怖かった!


「孫市ちゃああん!」
「おはようなまえ、今日も石田と仲睦まじく登校か?」
「えええ!あれで仲睦まじく見えるの?私もう殺されちゃうかと!あっ、おはよ」


組んでいた長くて綺麗な御御足を組み替え、孫市ちゃんはさりげなく私の席の椅子を引いてくれて、座ったらどうだと促した。紳士!素敵!女の子なのに私よりもずっとずっと大人だし憧れちゃう。
彼女は私の良き相談相手、むしろ私には勿体無いくらい、ずばり言うけど嫌味なく的確にアドバイスしてくれるんだ。


「一緒に登校してたということは待ち合わせでもしたのか?」
「まさか!偶然だよ、三成くんに後ろから声を掛けられたの、びっくりしたし怖かったあ!」


ちょっと早く家を出たことを言えば、孫市ちゃんは少し黙り込んで、災難だったな、とだけ呟いた。
三成くんに掛けられた声は地獄の底から聞こえてきたかと思ったもん、逃げ出したかったけど、陸上部の三成くんに勝てっこないし、例え逃げ出せても地の果てまで延々と追い掛けられそう。
とっ捕まえられた後は……や、八つ裂き?


「別に石田はお前をとって食おうなんざ思っちゃいないだろ」
「で、でも今日だって真っ赤になって歯を食いしばって怒ってたんだよ!私何もしてないのに!」
「……(別の意味でとって食いたいと思っているであろうことは確かだろうが、これは黙っていた方が良さそうだ、全く石田も報われんな)」


はあ……とよくわからないけれどため息をつかれて、私は同情されているものだとばかり思ってた。同情するならどうにかしてー!
だってだって三成くんみたいな有名人が、私みたいな平々凡々の私と付き合ってるって絶対おかしいよ。怖いし恐ろしいし目付き悪いけど、整ってる容姿の三成くんはすごくほんとにモテる。
あれ、この話題再び?んーん改訂版。
冷たい雰囲気はクールって言われてるし、きつい口調もつれないけどクールって言われてるし、なんかとりあえずクールで通ってるんだよね。
だから、密かに三成くんに想いを寄せる女の子達にあんまり良く思われてない私。ありがち!女の子の嫉妬って怖い!
時々びっくりするようないやがらせをしてくる心のない人もいるけれど、それは少数派、大体は孫市ちゃんが助けてくれたり、三成くんも気を遣ってくれたりするから。
そういうところは優しい人なんだなあって純粋に思う、怖いけど。

あと、三成くんは、竹中先生と豊臣教頭先生を心から尊敬してるって公言してて、その二人から褒めてもらっている時の三成くんは、本当に嬉しそうで子供みたい。
キャッキャはしゃいでるっていう意味じゃなくて、えーっと、なんていうか、雰囲気がすごくふにゃーって柔らかくなって、なんだろう、可愛い?
でも、そんな三成くんだから、ひとたび竹中先生と豊臣教頭先生の悪口をほんのちょこっとでも耳にしようものなら、たぶん言った人は明日の朝日は拝めないと覚悟した方がいい。
「おのれ貴様ァ……半兵衛様と秀吉様への侮辱罪及び不敬罪……赦さない!秀吉様ァ、この者を斬滅する許可を!」って怒り狂うんだ、知り合いとかそうじゃないとか関係なく。
殺してやるぞォオオ……!なんてドス黒紫赤い色したオーラを撒き散らしながら追い掛けられたら確実にちびる、盛大に失禁する、うん間違いなく。私は追い掛けられたことはないけど、やっぱり目の当たりにしたことがある。
それを目の当たりにしてから、私も豊臣教頭先生と竹中先生を、ゴリラとその調教師って想像するのすらもやめたもん。いつか三成くんに公開型斬首刑にされちゃうかもしれない、そんなの絶対やだもん。痛いのやだもん。


「そうだなまえ、放課後かすが達と近くの喫茶に行くんだが、お前もどうだ?」
「えっ、行きたい!……けど、三成くんが放課後は教室にいろって」
「なるほど、下校デートとやらか」
「えっ……えええ!デート?デートなの!?」
「違うのか?」
「だ、だって三成くん、今日は部活が休みだから放課後は教室にいろ、としか言わなかった……一緒に帰ろうとかましてやデートなんて一言も……」
「……普通は流れ的にそう取るだろうが」
「そんなもん、なの?」
「そんなもんだ」


うう、孫市ちゃんはそう言うけど、ほんとかなあ。だって全然デートなんて雰囲気じゃなかったし、うう。


「放課後、不安だし憂鬱だし大丈夫かな、私……」
「何をそんなに心配することがあるんだ」
「だってだって、相手は三成くんだよ!?河川敷に連れて行かれてぼっこぼこにされるかもわかんないよ!」
「呆れた妄言だな、恋人のお前に乱暴を働くわけないだろうが、石田がなまえをどれだけ好いていると思ってるんだ」
「み、みみ三成くんって私のことすすす、好きなの!?」
「呆れを通り越して感心せざるを得ん、好いているからこそ石田はお前に告白して、今現在の関係になっているんだろうが、違うか?」
「わ、私てっきり……!」
「てっきり、なんだ?」
「知らないうちに三成くんの怨みを買ってて、それでこの世に生まれて来たことを後悔させられるんだとばっかり!」
「……はあ」


孫市ちゃんは本日二回目の大きなため息をついた、すごく呆れてる。なんだかとっても申し訳ない気持ちになってきた、だって三成くんはあんまりおしゃべりな方じゃないし、私も怖いから緊張してあれこれ聞けないし。
恋人同士って、もっとお互いのことをたくさん知ってて、知らないことの方が少ないものだとは思う。
そう考えると、私は三成くんの好きな食べ物とか、趣味とか、お休みの日は何をして過ごすとか、全然なんにも知らない。知ろうとしたことは一度もなかった。

根っこは優しい人、唯一知ってると言ったらそれくらい。


「ねえ、孫市ちゃん」
「ん、なんだ?」
「私、三成くんのことなんにも知らない」
「それが、どうかしたのか?」
「好きな食べ物とか趣味とか、聞いたら怒るかな、三成くん」


一瞬驚いた表情を見せて、孫市ちゃんはすぐに噴き出した。な、なんで笑うの?私何か変なこと言った!?


「いや悪い気にするな、安心しろ、石田は怒るどころか喜びに打ち震えると思うぞ」
「ふ、震え!?」
「むしろ今すぐにでも電話なりメールなりして聞いてみたらいい、恐らく返事は秒読みしないうちに返って……」
「わ、私……三成くんの番号もアドレスも知らないよ」
「……世話の掛かるやつだな全く」
「ご、ごめん」
「いいか、次に顔を合わせたら何よりもまず番号とアドレスを聞け、他の質問はその後だ」
「う、うん」


別に放課後を待つ必要もない、授業の合間の休み時間に聞きに行ったっていいんだ。孫市ちゃんは簡単そうに言ってくれるけど、三成くんに対する恐怖心は依然変わらず私を支配している、少しずつ慣れるようにがんばるから、いきなり行って来いなんて崖から突き落とすようなことはしないでね。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、なんて私そんなに冒険したくないし、勇猛果敢でもチャレンジャーでもないから。
いざという時のために、質問とそれの受け答えのシュミレーションも頭の中で繰り返し、もしも三成くんが奇襲を仕掛けてきても大丈夫なように準備も万端にしておくから。


「おい、なまえはどこだ」
「ああ、石田か、なまえはここにいるぞ」
「ヒィ!み、みみみ三成くん!?」


朝のホームルームが始まる10分前、奇襲対策に対する奇襲攻撃を仕掛けてきた三成くんに、私は自分で自分が可哀想になるくらい大焦り。
今から対三成くん対処法を考えようとしていたのに、彼は一歩も二歩も三歩も先を行く。対策も何もないうちにやってきた三成くん、教室の入り口から中へ掛けた声に、孫市ちゃんが「こっちだ」と誘導してくれている。
待って、孫市ちゃんほんとお願いだからちょっと待って!私まだ心の準備もできてな……ひゃああああ三成くんがまっすぐこっちに来てるー!


「ほらなまえ、石田に聞きたいことがあるんだろう?」
「……何?」


助け舟のつもりで口を出してくれる孫市ちゃんには申し訳ないけれど、真ん前に立ちはだかる三成くんの威圧感に挫けそう、人生ドロップアウトしたくなってきちゃうほどに。私貝になりたい。
あうあう、と自分の口から情けなく漏れる意味のない音。
「何よりもまず番号とアドレス」幸いにもさっき孫市ちゃんに言われたことを思い出して、そっと視線を上げてみれば、三成くんが私の言葉を待つように、黙ってじっと見下ろしている。
こ、怖い!
怖いけど、早く聞かないとホームルームの時間になっちゃうし、なんの用があってここに来たのかは知らないけど、三成くんに迷惑を掛けてしまう。つまり機嫌を損ねてしまいかねない。


「なまえ」
「は、は、はいっ!」
「私に聞きたいこと、とは?」
「っ、あ、えと、えっと……」


吃りながら必死に声を絞り出す、急かすでもなく待っててくれているらしい三成くん、動揺し過ぎて孫市ちゃんを一瞥したら、薄い唇が音を出さずに「番号、アドレス、聞け」と微かに動いた。


「み、三成くん!」
「な、なんだ」
「で、電話番号と、アドレス……私、知らなかったから、お、教えて、欲しい……です」
「……」


が、がんばった。私がんばって聞いたよ、途中から恐怖のあまり俯いて言葉を絞り出してた、顔を上げられない。だって三成くんからの返事がないんだもん、今まで教えていないのに教えるわけがないだろうが!なんて怒られたらどうしよう。
皺になるくらい制服のスカートを握り締め、降ってくるかもしれない罵声や怒声に身構える。しかしいつまで経っても何も飛んでこない。


「なまえ、スマフォ」
「え」


先に飛んで来たのは孫市ちゃんの声、促すようなそれに、無意識のうちにポケットへと手を伸ばした。恐る恐る上げた視線の先には、三成くんがスラックスのポケットから、自分のスマフォを取り出した瞬間が視界を占拠。


「私も同じことを考えここに来た、画面を開け、データを送る」
「う、うん!」


あわあわとスマフォを取り出し、データ送受信の画面を開いて前に出す。ぺほん、と間の抜けた音を立てて、私のスマフォの中に三成くんの情報がインプットされる。
続けざまに私のデータを三成くんに送信すれば、音こそしなかったもののデータは送れたみたいで液晶をタップとフリックを交互に行っていた。両手持ちだった、なんだかちょっと可愛い。


「なまえ」
「ふぁい!」


ぼんやりと操作をしている様子を眺めていたら、液晶に向けられていた三成くんの視線がクワッ!と私に向けられ、私はまた盛大に肩を跳ねさせ変な返事を返してしまった。
し、心臓に悪い。


「遠慮は、許可しない」
「……うん?」
「いいな?」
「はいっ!」


念を押すような物言いに気圧され、言われたことを理解しないうちに何度も頷いて返事をした。三成くんはというと、口元を歪めながら踵を返して教室を出て行った、私は緊張からようやく解放されて、長めのため息を吐き出しながら手元のスマフォを一瞥。
遠慮は許可しない、ってどういうこと?
三成くんは時々なぞなぞでもしているかのような一言を残していくことがある、今回もまた不思議な捨て台詞を置いていった。


「何かの暗号?」
「……なまえもなまえだが、石田も石田で全くどうしようもないな」
「え?え?」
「恐らく、電話もメールも気兼ねなくしてこいと言いたかったんだろうな」
「そ、そうなの?」
「……先が思いやられる」
「ご、ごめん?」


孫市ちゃんはこめかみを押さえて眉間に皺を寄せてしまった。迷惑掛けてばっかりでほんとごめんね、でもやっぱり孫市ちゃんはすごいなあ、三成くんの通訳もできるし、置いていかれた暗号も難なく解いちゃう。

それにしても三成くんからわざわざ電話番号とアドレスを聞きに来てくれるなんて、全然想像も予想もしてなかった。なんだろう、ちょっとむずむずする。
送られてきたばかりで「未分類」のフォルダにいる三成くんのデータ、無機質に「石田三成」と表示されているそれ、編集の文字をタップして、表示名を「三成くん」に変更した。
フォルダをひとつ新規で作り、フォルダ名の部分にぷくぷく動くピンクのハートの絵文字を置く。さっき編集したばかりの三成くんデータを作ったフォルダに入れて、完了の文字をタップした。


「孫市ちゃん」
「なんだ」
「あのね、三成くんの専用フォルダを作ってみました」
「石田のやつ、それを知ったら発狂するだろうな(感激のあまり)」
「えええ!どうしよう、斬首されちゃうかな……?」
「それはない」


苦笑した孫市ちゃん、彼女は手取り足取り一から十まで、全てを懇切丁寧に教えてくれるわけじゃない。
あくまでくれるのはアドバイスだ、自分で考えて、自分で答えを導き出せるように。完璧な答えなんてどこにもない、正しいも間違いも人の数だけ存在する。
私達はまだ付き合いだしてから日が浅い、だから焦らなくていいって、ゆっくり大いに悩むといい、そう言って孫市ちゃんは今日一番の眩しい笑みを見せてくれた。

三成くんに告白されて、やっぱり一番最初に相談したのは孫市ちゃんだ。普段の表情というか顔はアレだが、根は真面目で素行も悪くはないって情報をリークもしてくれた。
三成くんの告白に頷いて応えたのは、恐怖による支配が大半を占めていたけれど、悪い人じゃないって聞いたから。それにもしも悪い人だったら孫市ちゃんが全力でこき下ろしに掛かるもん。

だから、だからね、ほんとに孫市ちゃんの言う通りだったら……。今日の放課後、三成くんがデートのつもりで教室にいろって言ってくれてたのなら……ちょっと嬉しい、かも。

不安は残るけど、憂鬱さはすっかりいなくなって、ちょこっとだけ放課後に期待を抱いた。


(なまえの連絡先を受信した時の石田のあの緩みきった顔……見れたものではないな)
(三成くんには専用フォルダのこと内緒にしとこ!)

20140531
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