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ハンディモップで一通り埃を落とした後、雑巾がけ。家の中を徹底的に掃除するのは厄除けというか厄落としというか、清々しく元旦を迎えるための準備だ。
大晦日までに終わらせたい大掃除。

几帳面な鬼監督の監視の元、一心不乱に雑巾をかける私は差し詰め姑に睨まれる嫁的なあれだ。


「おいぃ、ちょっとさあ、ねえ、ねえってばあ!」
「ど、どしたの又兵衛」
「どぉしたもこぉしたもねえよお、おまえさあ、ちゃあんと目ェ機能してるんですかあ?」
「え」
「え、じゃねえよこの木偶があ、拭き残しがこぉんなにあるですけどぉ……ねえ」


まるで鬼姑、又兵衛はラックの隅をつつつと長い指でなぞる、薄らと指先に埃がついてじとりぎろりと睨まれた。いくら拭いたとはいえども実際こうして埃があり、指摘されるとぐうの音も出ない。
おとなしく謝ってもう一度拭くのが最良の選択肢、言い訳をしようものなら何倍もの嫌味で言い包められる、ネチネチネチネチ痛いところばかりつつかれるのは御免被る。

そもそもこの大掃除、場所は私のマンション。腐れ縁というか幼馴染の又兵衛は何かにつけてうちにくる。上司やいけすかない後輩の愚痴をこれでもかとぶちまけて、ひたすら一人でしゃべるとさっさと帰る。
私がどんなに疲れていてもお構いなし、時間も日にちもお構いなし、いいように使われる都合のいい女状態だ。いやもとより又兵衛は私を女としてみなしていないだろう。
好きに愚痴をぶちまけて気が済んだら帰る。そんなことがしょっちゅうあって、きっと又兵衛の気まぐれなんだろうけど、気が向いたから愚痴の聞き役になっていたお礼として大掃除を手伝ってやるという流れになっていた。

まあその仕打ちがこれなんですけれども。


「ご、ごめん」
「最初からさあ、しっかり拭けばいいんですよお、全く二度手間だろうが」
「うう……」


もう泣きたいくらいだ、たかが掃除くらいでと言いたいのは山々だがそんなことをちょっとでも言ってみろ、女子であることすら否定されるほどのしっぺ返しがくる。


「こんな掃除もできない木偶はだぁれも嫁になんかもらってくれませんよお?」
「そ、そんなあ……」


実際すでに否定されている方向にあるのだが。


「掃除もダメ、料理も今ひとつ、裁縫は針に糸すら通せない、嫁どころか女子力マイナスもいいところ」
「……っ」
「気の弱いとこともあって、すーぐ騙されるしぃ」



又兵衛は容赦なくぶっこんでくる、私のライフゲージはとっくに空である。改めて現実をこうも直視させられるとさすがにつらい、生きるのつらい。
なんでも知り尽くされているし何も言えない。言い返せない。


「……ごめん、なさい」
「……」
「ちゃんとするから、そんな、怒らないでよ」


じわりと歪む視界、雑巾とハンディモップの柄を握りしめて俯く。確かに又兵衛の言う通りだ、私は掃除も料理も裁縫も苦手、人に意見することもそうだ。
Noが言えないからいつだって貧乏くじを引く、損な役回りがくるのは通常運転、それでもどうにかがんばれるのはいつだって又兵衛がそばにいてくれるから。
どんなに口が悪くても、刺々しい言葉の中に時々ヒントをくれるのだ。なんだかんだ言って優しさはある。

それでも幼い頃からの付き合いとはいえ、言い過ぎなのではないだろうか、いくらなんでも、ねえ?きっと泣きそうになるのは自分の不甲斐なさに自分で呆れたから。
又兵衛に見捨てられるのが怖いっていうこともあるかもしれない。でも、見捨てられることに対してこんなにも怯えを覚えるのは何故なんだろう。


「全くさあ、これだけ又兵衛様が助けてやってもまーだ気付かないとかあ、ほんと木偶の中木偶ですよねえ、なまえって」
「え?」
「こんな使えない木偶、もらってくれるのはせいぜい優しすぎるきるこの又兵衛様くらいだろぉ?ねえ」


ずずい、と近付けられた顔。すうっと通った鼻筋、均整のとれた唇、目つきは悪いが又兵衛は美形の部類に入る。近くにいすぎたせいなのか、今まで考えたこともなかった事柄が頭の中をぐるぐる回る。
私は今、又兵衛に何を言われた?


「聞いてるんですかぁ?ねえ、なんとか言えよぉ……」
「ほ、んき……?」
「本気も何もこれだけ一緒にいてやってるのに、お前ってば本当に鈍感木偶ですよねえ」


するりと頬に滑った又兵衛の手は驚くほど熱っぽくて、ゼロに近いお互いの距離感に緊張を覚える。そんな私を囃し立てる心臓の音、やっと気が付いた。
又兵衛に見捨てられるのが怖かったのは、知らず知らずのうちに彼に想いを寄せていたからで、又兵衛もまた私に想いを寄せていてくれたのだ。


「さっさと掃除終わらせますとしましょうかねえ、おしるこでも作ってやりますよぉ、この又兵衛様が」


今までよりもうんと優しい声色で、又兵衛がゆるゆると笑った。

20150129
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