BSR | ナノ

注意:某chの某板のネタのコピペ改変、嫌な予感がした方はそっとブラウザバック推奨。むだに長め。

【凶王様に魅入られた話】

私の実家は神社だ。
父、祖父、曾祖父……かれこれ300年は続いているそれなりの神社。

これは幼稚園に行くか行かないかぐらいの頃の話、その出来事から全てが始まって、今、終わりを迎えようとしている。終わりの始まりって言うのが一番しっくりくるのかな。終わりって言うのは私が「人間」という生物学上の括りから外れるっていう意味での「終わり」だ。
簡単に言うと私は人間をやめなければならない、つまり死ぬってこと。神様に見初められて、その神様の元に嫁ぐことになったから。

ーー幼かった当時、毎日実家の神社の境内を走り回っていた私は、社務所の裏手にある小山に駆け上り、これまた小さな池を発見した。
手入れが行き届いているのか、水が透き通っていて1m弱の底がとてもよく見える。脇には当時の私の背丈をゆうに超える岩があり、その岩によじ登って、滑り台代わりにする遊びに夢中になっていた。

登って滑る登って滑るを繰り返し、何回目かの着地後、はたと気が付いた。地面を見つめる私の視界に、草履を履いた小さな足が見える。顔を上げると前方に菫色と鼠色の、変な模様混じりの着物(甚平のようだったけどもっと豪華っぽいもの)を着た私より少し大きいくらいの男の子が立っている。

私が何をしているのか、さも興味有り気といった表情でじっと私を見つめている。とても奇麗な顔ではあったけれど、肌が病的に白かった。あと前髪が引くほど個性的。
私は参拝にきた人の子供かなぐらいにしか思わなかったし、顔色の悪さも今思い出せばこそのことで、幼かった私は変わった子だなあとほんのり思った程度。
構わずまたあの儀式の様な謎の遊びを再開して、男の子のことは完全にスルー。
すると男の子は何も言わず私の真似をする様に、岩を登って滑る登って滑る、と同じ動作をやり始めた。
当初自分が考案した最高の遊びを真似されたと憤慨したけれど、まあ子供というのは得てして誰とでもすぐに仲良くなるもの。

男の子は名前を「みつなり」といった。どこから来て、どこに住んでいるのか、詳しいことは名前以外何もわからなかった。(根掘り葉掘り聞こうともしなかったということもある)
それからというもの、それほど会話らしい会話はあまりなかったけれど、ほぼ毎日一緒に小山で遊んでいた。何をしても面白かったし、ただ一緒にいるだけでも楽しかった。

この頃、父に小山で遊ぶ時は池に近付くなと言われていた。小さい子が池の周囲で遊ぶなんて、そんな危険な事はないから当たり前といえば当たり前。

ある日、いつものようにみつなりと小山で遊んでいた時、池の底にとても綺麗な石を見つけ、それを取ろうと池に腕をつっこんだ。
もう少しで取れそう、そんな思いがきっと油断を招いた。
重心がすっかり前にいった私の体は、吸い込まれるように池の淵をするんと滑り落ちてしまった。
もう訳がわからなかった。突然奪われた酸素、上下がわからない、水を含んだせいで服が鉛のように感じた。
息を吸いたい、助けて!と叫ぼうとしても水が邪魔をして、ひどく苦しい。
そこへ、もがく私の腕を誰かが力強く掴み引き上げる。

助けてくれたのはみつなりだったが、今考えれば幼い私と、そう年頃も変わらない男の子が、水の中から人一人を引き上げるなんて有り得ない。
当然ながら当時の私にそこまでの思考力は無かった。
溺れた恐怖に、ただただ泣きじゃくりながらそのまま家路についた。 ぼたぼたと水を滴らして、泣きじゃくりながら帰宅した私に母は仰天し、池に落ちたこと、近所の男の子に助けてもらったことを告白した私に、きついお灸を据えた。
当然の報いだ、池には近付くなという言い付けを破ったのだから。

母に腕を引っ張られたどり着いた先は納屋。なんとも形容し難い肌寒い雰囲気と薄暗さ、妙に物々しい感じが嫌で普段から納屋には近付かなかった場所。
そんなところに独り放り込まれた恐怖といったらそれはもう、今でも当時の自分に同情するくらいだ。
暗い納屋で独りめそめそ泣いていると誰かが入ってくる気配があった、お化けか何かかと、これ以上ないであろう恐怖心に顔面を強張らせたが、すぐにその表情は緩んだ。
みつなりだ!
みつなりは、ひぐひぐえぐえぐ情けなく恥ずかしいほどしゃくり上げる私の横で静かに寄り添ってくれた。
慰めるでもなく、ただじっと私を見つめ、ぴたりと寄り添って座っているだけだったけれど、すっかり安心しきった私は、緊張の糸が切れたらしく不意に襲って来た睡魔にあっさりと負けた。
最初のうちは我慢してみたものの、みつなりがまるで「寝ろ」とでも言うように一定のリズムで背中をさすってくれたおかげで、いとも簡単に意識を手放した、みつなりに寄り掛かる形で。

それから母が呼びかけてくるまで、しばらくの間すっかり眠りこけていたらしい、母が納屋に来た時にはすでに私一人、みつなりは母が来る前に帰ったんだろう。すうすう寝息を立てていた私を見て母は、この子にはどんなお灸も効かないと感じたそうだ。
この頃から両親は「みつなり」の存在を知る。近所の遊び相手、そんな認識だったと後に聞く。

幼稚園へ通い始めても、小学校へ上がってからも、ほとんど毎日みつなりと遊んでいた。てっきり近所の子だと思っていたみつなりが、どうして同じ小学校にいないんだろう。
そんな疑問を感じていたが、あまり気にしていなかった。きっとみつなりの家は私の家の近所であっても、親の方針か何かで学区外の学校に行っているのかもしれない。

そして、私が8歳になるかならないかくらいだったと思う。いつものようにみつなりと遊んだ日、8歳になる(もしくはなった)と言ってはしゃぐ私にみつなりは、薄紫色をした果物のようなのもをくれた。
初めて見るそれは、好奇心旺盛の私の目にはとても美味しそうに映り、私達はその果物を池で洗い、二人で仲良く食べた。
なんだかちょっと酸っぱくて、見た目は美味しそうなのに全然甘くなくて微妙な味だった記憶がある。はっきり言ってまずかったと思う。

私は家に帰った後、夕食中両親にその事を自慢げに話した。以前のお池転落事件以来、再び懲りずに池に近付いたことを怒られると思ったので、果物を池で洗ったことだけは伏せた。
最初はにこにこと話を聞いてくれていた両親だが、私が余ったその果物を食卓に持ってきた途端、両親の、特に父の顔色が真っ青になった。
まず、その果物は原形をとどめておらず、ドロドロになって元の形が辛うじてわかる程度。多分腐っていた、昼間はあんなに瑞々しかった果物がゼリー状になっていたのだ。きょとん顔の私とは打って変わって、父が果物を睨みつけながら強い口調で私に問いただした。

あまりにも凄まじい剣幕だったので、ついには池で洗ったと白状した私を、父が抱きかかえ、もつれる足を何とか交互に動かし祖父の部屋へ滑り込んだ。

私がキョウオウサマに魅入られた、クンシの実を喰うてしまってるようだ、と父が叫ぶと祖父は目を見開き、放心といった様子で私を見つめていた。すぐに神社の近くで農家をしているおじさんが家に飛び込んできて玄関で何やら騒いでいた。

慌てている様子だった。母が対応し、すぐに父と祖父が玄関へ向かう。

何やら訳がわからない喧騒の中、ふと縁側に目をやるといつの間にかみつなりが立っていた。相変わらずの奇麗な顔に病的なほど白い肌。
だが一点、いつもと違っていたのは年相応とは思えないほど鋭く尖った目つき、萌葱色の瞳が印象的だった。

必ず迎えに行くから待っていろ。みつなりが私にそう言うので、うんと返す。
それはいつ?言葉になるかならないかくらいのタイミングで私の視界は急に奪われた。
祖父が麻布のような物で私の全身を覆ったのだ、そのまま祖父に抱きかかえられると、どこかに連れて行かれ(恐らく本殿)生ぬるい酒のような液体を麻布の上からシャワーのようにかけられた。
びしょ濡れのまま車に乗せられ、そのまま町を出たようだ。音しか聞こえないため、周りの様子はほとんどわからない。しばらく揺られていると車は緩やかに止まった。

布の口が解かれ、父と母が不安そうな顔でこちらを見ていた、何がなんだかわからない私に母は、もう二度と家には帰れないこと。
父、祖父と離れ、母方の祖父母の家で母と暮らす事を告げられた。わかったと素直に返事をした私に、両親は呆けた顔で見ていたが、私は大して気に留めなかった。
父や祖父と離れるのは寂しいが、会いたいと言えばむこうから来てくれる。何より、みつなりが迎えに行くと言ったのだから待っていればいい。しばらく遊べないのは少し残念に思ったものの、不思議と不安は全く感じなかった。
そんな心境で私は実家から遠く離れた都心へと移り住んだ。

それから、いろんな物が「視える」ようになったのは多分この頃、単にそれまでは限られた範囲の中でしか生活していなかったのもあって、たまたま遭遇してこなかっただけかも知れない。
でも私はみつなりがくれたあの果物のせいだと、今でも思っている。
都心に移り住んで1、2年はバタバタしていて常に忙しなかった日常も気が付けばすっかり都会っ子に馴染んでいて、新しい友達と楽しい毎日を過ごしていた。
そんな中で、嫌でも視界に入ってくる人にあらざるものは、特に危害を加えてくるわけでもなく、無視を決め込めばなんの支障もない。向こうも向こうで私が視えるからといって干渉しようとはしてこなかったし、むしろさり気なく避けられているような気さえした。
その辺りは何故かみつなりが守ってくれているのかもしれない、なんて考えたりして、離れていても、近くに感じられる気がしてちょっと嬉しかったりもした。
だから私が「視える」ことを両親はずっと知らずにいて、少しずつ近付いて来ていた「その時」のことなんか知る由もない。

10歳の誕生日を迎えたその日から、月いちのペースで私は不思議な夢を見るようになった。遠くから誰かに呼ばれている、誰かが果てしなく遠い向こうにいる。夢を見るたびに近付いてくるのがみつなりだと気が付いたのは不思議な夢を見るようになって、半年が経った頃。

魘されるわけでもなく、まるで現実と混同しそうなほどリアルな夢の中、私は実家の池の淵に座っていて、近付いてくるみつなりをじっと待っている。
徐々に近くなる距離、早く会いたい、そばに行きたい。そう思っても私からは動くことができなくて、ただじっと待つしかできなかった。月日が経つに連れてみつなりの輪郭がはっきりしてくると、昔よりも骨格が良くなっていることに気が付く。
身長も伸びているようで、近付けば近付くほどその成長ぶりがはっきりと見て取れた。
私を呼ぶ声が大きくなる、みつなり、みつなりと私も名前を呼んで応えた。

夢を見るようになってから何年も経ち、高校に上がるとみつなりもすっかり大きくなっていて、私の身長もとっくに追い越していた。
相変わらず顔色が悪い、前髪も変わってる、もっと変だと思ったのは身に付けている服。平成のこのご時世に、まるで戦に出掛けるかのような陣羽織、薄々気が付いてはいたけれど、みつなりは人間ではない。
私も馬鹿ではないから、昔の記憶と今の状況から察することくらいはできる。「キョウオウサマに魅入られた」父達が言っていたことも良く覚えている、それが何を意味しているのか、私が実家に行けないこと、麻の袋を被せられお酒を掛けられたこと、全てはみつなりから遠ざけるためのことだった。

みつなりは神様だった、実家がある土地一帯を統べる「凶王様」その名の云われは良くわからないけれど、みつなりは凶王様と呼ばれてあの地で祀られている。
どういうわけか私はみつなりに気に入られていたみたい、今や夢の中でみつなりとの距離はだいぶ近い。徐々に近付いてくる、なんて言葉だけで聞くとホラーっぽいけれど、全然怖いとは思わなかった。
むしろ早くそばに来て欲しい、話したいことがたくさんあるんだ。きっと私は初めて出会った時からみつなりに恋をしている、そうでなければ今頃怖い夢を見るからどうにかして欲しいと、両親に相談していたはずである。

新月の晩、月いちで見ている夢を見るであろう日、何故かいつもと違う雰囲気の夢の中にいた。
池の淵ではなく、木漏れ日が注ぐ森の中、少し開けた場所に私は突っ立っている。ここはどこだろう、いつもの動けない夢とは違って、歩き回ることができる。夢特有のふわふわした雰囲気、あてもなく彷徨い歩いていると木の根に足を取られ、身体が前のめりに傾いた。
あ、転ぶ。
咄嗟に手を前に出して衝撃に備えたけれど、私が地面に倒れ込むことはなかった。誰かが目の前に現れて、私を受け止めるとそのままぎゅうぎゅうと腕の中に閉じ込めている。
見覚えのある陣羽織、ああ、そうか、やっと。


「私は約束を違えない」
「みつ、なり」
「なまえ、迎えに来た」


久しぶりに聞いたみつなりの声は、昔よりも低くなっていて、神様も年を取るのかと聞けば、お前に合わせていただけだと答えた。
髪、額、瞼、みつなりの唇が降ってくる、不思議な色合いの瞳と視線が絡んで目の前がぼやける、嬉しいのか寂しいのかわからないけれど胸にこみ上げてくる熱に浮かされてもうなんだってよかった。そして唇が重なった後の記憶はない。

20140706
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