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ついにやってきた放課後、帰りのホームルームも早々に切り上げられて私は走って帰宅したいとどれだけ強く願ったことか。今なら家までの距離を世界新記録並の速さで帰れそう、そんな気持ち。


「じゃあなまえ、楽しんでくるといい」
「うう、孫市ちゃん……」
「なんだ、ちょっと楽しみだと言っていただろう」
「や、やっぱりいざとなると、こ、怖いというか」
「肩の力を抜け、自然体でいればいい」
「ま、孫い」
「なまえ、なまえはいるか」
「ほら、王子様ならぬ凶王様のお迎えだ」
「ちょ、孫市ちゃんってば!」


ぽそりと耳打ちをされ、王子様の単語に熱くなった顔は、凶王様の単語によって急激に冷めていく。鋭過ぎる視線が射殺さんばかりの勢い、三成くんは大股で近付いてくる!ヒイこわい!


「おい貴様ァ!なまえに何を言ったァ!」
「おっと、邪魔な私は帰るとしよう」
「あ、ま、孫市ちゃん!」


くすくす笑って孫市ちゃんはあっという間に教室からいなくなった、真後ろで三成くんが「あの女ァ……次は必ず斬滅してやるッ!」ってコワイ!孫市ちゃんは大事なお友達だから斬滅されたら困るよ!


「み、三成くん」
「なんだ」
「孫市ちゃんはお友達だから、その、斬滅はしないで欲しいな、って」
「……ならばちょっと斬滅にしてやる」


結局斬滅なのね!
孫市ちゃんがいなくなったことにより、教室には二人きり。グラウンドの方から野球部の声が聞こえてくる。


「座れ」
「あ、う、うん」
「スマートフォンの使い方を」
「あ、そっか」


すっかり忘れてた、三成くんが休み時間にスマフォの使い方を教えて欲しいって言ってたんだ。隣同士、並んで椅子に座りお互いのスマフォを取り出した、ええっと教えるっていっても何から言っったらいいんだろう。
……そうだ、小さいやゆよと件名だ。


「えっと、まずはメールのことなんだけど」
「ああ」
「小さいやゆよの出し方、言ってもいい?」
「構わん、続けろ」


自分のスマフォと三成くんのスマフォを見比べたり、実際やって見せたりしながら少しずつ操作に慣れていく三成くん、それでも相変わらず両手持ち。やゆよと件名についての操作を説明した後、たどたどしい所作で三成くんが自分だけでそれをこなしてみせた。
多少の時間は掛かるものの、こういうのって慣れだからきっとすぐに使いこなすと思う、三成くんって器用そうだし。


「次だ」
「あ、うん」
「写真はどうやって撮るんだ」
「えと、カメラのアプリはこのレンズマークのやつ」
「これか、撮るには」
「ここ、この丸いところがシャッター」
「ふむ」


カシャッ。


「……えっ」
「撮ったものはどこだ」
「み、三成くん……い、今写真……私……」
「撮ったものが見たい」
「っ、こ、これ……」


三成くんのスマフォカメラのレンズがこっちを向いていて、突然のシャッター音、矢継ぎ早に質問されては抗議するも虚しいかな。
写真のデータフォルダを開いている三成くん、画面いっぱいに私の顔が表示されて半開きの口がなんとも言えず間抜けである。
なんで急に写真なんて!消そ?それ消そうよ、ね!


「画面に設定する」
「えええ!」
「教えろ、設定はどうすればいい」
「そ、それを……?」
「そうだ」
「で、でも」
「私はこれがいい」


ぐっと肩を抱かれるように掴まれ、三成くんのスマフォを突き出される。私の写真なんて待ち受けにしてもいいことなんかないよ!私の羞恥心が存分に擽られるだけだよ!
何を言ったところで、彼は一度言ったことを絶対に撤回しない、肩を抱き掴まれているので物理的にも逃げられない。観念して羞恥にまみれながら待ち受けの設定を教えれば、三成くんは満足げだ。

スマフォをスラックスのポケットにしまい込んだから、そろそろ帰るんだろうなと薄っすら感じた。立ち上がりたいんだけど、今だに肩を掴まれてるから……えっと、三成くん?
近付いてくる顔、焦って離れようとしても肩!肩が掴まれてるからどうにもならない!すると鼻先が頬を掠め、耳元に擦り寄られる。まるで猫がじゃれてくるみたいな動作。


「み、みつっ、三成く」
「また頼む、帰るぞ」


それ耳元でしゃべる意味あるの!?
ドキドキとビクビクが混ざって変な気分、少しの間、ぎゅうっと腕の中に閉じ込められて全身に三成くんを感じた。
視界いっぱいに三成くんの制服、意外と高いらしい体温、よくわからないけどいい匂いが鼻腔をくすぐり、しゃべるたびに耳元に伝わる吐息が緊張感を煽る。


「帰るぞ!」
「は、はいっ!」


恥ずかしくてびっくりして、腕の中でもぞもぞ動けば三成くんは弾かれたように立ち上がる、二の腕を掴まれ引き上げられるようにして立たされると、三成くんは颯爽と歩き出す。
半ば引きずられるようについて行く私のことなどお構いなし、我が道を行く三成くんの通る道(というか廊下)は、人々が自然と避けて十分過ぎるほどのスペースを開けてくれる。
す、すごい!まるでモーゼだ。

玄関に着くと三成くんは自然と掴んでいた手を離してくれる、クラスの違う私達は当然靴箱の位置も違う。「おのれェ……靴箱ォ!(またしても私となまえを裂こうとする障害が!)」と何故か靴箱にキレてる三成くんに震えながら、これ以上怒らせないように急いで靴を履き替えた。
またしても三成くんは私の腕を掴んで引っ張り歩き出す、こうして掴まれるとなんだか私が悪いことしたみたいに見えないかな。
三成くんは気にしてないみたいだし、ここで私が掴むのはやめてって言ったら機嫌が急降下ってことくらいはわかる。

何も言えないまま、私達はいつもの通学路を黙々と歩いた。

こんなに気まずいのって私だけかな、かと言って何を話しかけたらいいのかもわからないし、下手なこと言ってもっと気まずくなるのは嫌だし。
悶々と考えているうちに、私の家が見えてきた。


「家は」
「はいっ!」
「ここだったか?」
「う、うん、そう!」
「……」
「あ、ありがとう、その、一緒に帰ってくれて」
「……当然のことをしたまでだ」
「えと、あの」
「また、明日」
「ま、またね!」


家の前で仏頂面の三成くんとわたわたする私、きっと周りから見たら変な光景なんだろうなあ。掴まれていた腕が緩やかに離され、一瞬だけ離される前にぎゅっとされたのがわかった。
まるで離したくないって言われてるみたい。

家の中に入ってドアを閉める、何気なくドアスコープから外を見たら三成くんがしばらくこっちを見ていた、立ち去ったのを見届けて私は大きなため息をひとつ。
ふと掴まれていた腕が痺れていることに気付いて、見ればくっきりと三成くんの手の形に赤く痕が残っている。びっくりした、緊張してたから全然気付かなかったけど、物凄い力で掴まれてたんだろう。いつか折られるんじゃないかという不安がよぎった、い、痛いのはやだなあ。


「あれ、そういえば私……三成くんに家の場所教えたっけ……」


今更浮かんできた疑問に、深く考えてはいけないと、頭の中でもう一人の自分が訴えかけてくる。気にしたら負けだ、何と戦っているかなんてそんなことどうだっていいんだ。
とにかく明日もあさってもその次もずっと平和に静かに心穏やかに過ごせれば、私はそれだけで十分なんだ。

(明日までに腕の痕、消えるかなあ……)
(なまえと登下校……はは、やった、やったぞォオオオ!)

三成マジ不審者。
20140711
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