どこへ行ってもあいつがそばにいて、どこに行くにしても必ず後をついてきた。まるでひな鳥のようだし、でっかい弟を持った気分だった。それは物心ついてからずっと、それが常、心底うんざりしていた……ようなふりをして、内心はうれしくて毎日が楽しくてこの毎日がずっとずっと続くと思っていた。
『えーなまえちん?』
終わりはふと、なんの前触れもなく行く末を覆い隠す。
『べつにー……一緒にいるだけ……興味ないしーどうでもいー』
小学校低学年の時、その時は私も敦のことが大好きだった。放課後、学年が違ったためいつものように私が敦を教室に迎えに行くと、数人の男子との会話が盛り上がっているではないか。
興味本位でしばらく息をひそめてこっそりと会話を聞いていたら、内容は私と敦の関係について。いつも一緒だよな?そう?付き合ってんの?んーさあ?敦の気のない返事、極めつけの一言に愕然とした。
私は敦のことが好き、いつも一緒にいてくれるからきっと敦も、そう信じて疑わなかったけれど、敦はそうじゃなかったんだと、重たくて冷たい何かがぶすりぐさり、容赦なく刺さってくる。
少し自惚れていたのかもしれない、敦は元々そういうやつだったじゃないか。めんどくさがりで、他人に対して少し辛辣でドライ、いくら幼馴染といえど所詮は他人。敦にとっての私は、他人の中でも幼馴染という若干のオプションがついただけの他人に過ぎない、少し話がしやすくてわがままの利く相手。子どもの心というのはひどく繊細で、もろい。まだ成熟しきっていない発展途上の子ども心は、あっけなく粉々になる。
小さな恋心、淡い色の恋模様、これ以上彼らの話は聞いていられない、耳を塞いでその場から駆け出す。ばらばらになった心は全部拾って胸の中の最奥のずっと向こうにしまい込んで、扉を閉めた。大好きな敦、大好きだった敦、さよならばいばい。私のことは好きじゃなくてもいいから今のこの関係だけは壊さないでいたい、幼いながらによく耐えた。今だってつらいのに、苦しいのに、あやふやな関係のままずるずるとただの幼馴染を続けている。
『なまえ、敦くんきたわよー』
『なまえちんなんで迎えにきてくんなかったのー?おれ待ってたのにー』
『迎えに行ったよ、でも敦いなかったし』
『えーうそだー俺ずっと教室にいたしー』
『ほんとほんと、入れ違ったんじゃない?』
『むー、まいっかあ、さっきおばさんにおやつもらったから食べよー』
『……うん』
この頃からだったと思う、少しずつ敦を避け始めたのは。本当に少しずつ、距離を置いた。率先してクラス委員の役を受けたり、放課後先生の雑用を率先してやったり、なるべく不自然にならないように敦との時間を削りだした。
それでもあからさまに避けることをしなかったのはひとえに敦に嫌われたくなかったからで、自分でも最低だとは思う。近くにいたくない、でも、遠くに行ってほしくない。矛盾した気持ちが燻ってひどい胸やけがした。
そんな私の行動と気持ちを知ってか知らずか、敦は一層私に付いて回るようになり、更にはスキンシップも過剰になってくるのである。きっかけは中学に上がる直前。
『なまえちん最近なんなの?全然遊んでくんないからつまんねーし』
『そう?敦もミニバス忙しそうじゃん』
『別にあんなの忙しいうちに入んねーし、おれなまえちんと一緒に遊びたいんだけど』
『うーんでも私クラス委員の仕事あるからなあ』
『遅くなったっていーし、一緒に帰る』
『いいよ別に、敦おなかすいちゃうし待つの嫌いでしょ』
『そんくらいへーきだし!なまえの教室で待ってる、寝てればすぐだし』
『えーだって待たせたら敦絶対機嫌悪くなってるもん』
『……なんでそんなこと言うの?おれなまえと一緒がいいだけなのに、なんで、ねえ、おれのこときらい?』
『……え、や、嫌いって、わけじゃ……』
『おれなまえのことすき、なまえだってそうでしょ、おれが一番すきでしょ?』
うそつき。一番なんて、思ってないくせに。敦の一番はいつだってお菓子じゃないか。
『ねえ、なまえ……』
『……別に、普通』
あの時敦がどんな顔をしていたのかは知らない、わざと視線を落として見ないようにしていたから。
『っ、じゃあクラス委員の仕事してくる!仕方ないから一緒に帰ってあげるけど、待てなかったら先帰ってていいから!』
『……待ってるし、ずっとずーっと待ってる、なまえのこと待ち続けてやるし』
敦が名前のあとに「ちん」を付けないときは怒っている時だ、むきになっているんだろう。きっと少し待って結局飽きて、先に帰るだろうと高を括っていたけれど、しばらくしてすっかり暗くなった教室に戻ったら私の机に突っ伏して寝ていた敦がいた。ほんとに待っていたのかこいつ。
『……ばっかじゃないの』
『……ん、あーなまえちん終わったー?帰ろー』
少し掠れた声、寝てる間に機嫌も直ったのかいつも通りの間延びした調子に戻っている。何事もなかったかのように私の分のランドセルも背負い、問答無用で手を握られ教室を出た。ちょ、ちょっと!敦!手!
『今日の夕飯おれの家ねー』
『はあ?勝手に決めないでよ』
『じゃあ寝るのはなまえちんの家でいーよ』
『そういうことじゃなくて!』
『お風呂どっちにするー?』
『別々!』
『えー』
『えーじゃない!』
『枕持ってこーっと』
『聞け!』
泣きそうになるくらい嬉しかったなんて認めてやるもんか、好きだなんて絶対に言ってやらない。所詮子どもの言うことだ、そのうち、今よりももっと友達ができて中学生になったら部活も始まる。きっと今よりももっともっと二人の時間は少なくなる。
ただ、敦が幸せになるまでは、私がいらなくなるまでは一緒に、そばにいてあげる、いさせてあげる。
その時まででいいから、誰よりも、一番近くに。
20150609
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