WJ | ナノ

スケット団の部室に響く嗚咽、わんわんと泣いたあとはえずきながらしゃくりあげる、やれやれひどい顔だ、スケット団の部室の主である三人は同じことを思いながらも口には出さなかった。これ以上この状況を悪化させたいとは誰も思っていない。

「えーっと、なまえ、どないしたん?」
「ひぐっひべぢゃんうぐっ、えぐっ」
「泣いてるだけじゃわからんやろ」
「あどで、ひべぢゃんひっぐ」
「とりあえず落ち着きや、な?」

どうどう、と猛獣でも宥めすかすようにヒメコは引き攣った笑みを浮かべつつなまえに声を掛けた。

嵐のごとくわあわあと泣きながら部室に飛び込んできた時には何事かと思ったが、よくよく考えて原因は大体予想が付いている。多分椿のことだろうなあ、と。

「急にごめんね、えっと、ええと」
「焦らんでええよ、順を追って説明してくれたら助かるわ」

はっきりとした依頼というわけではないが、スケットモードになった三人、今回聞き役はヒメコのようだ。ようやく落ち着いたなまえから慎重に話しを聞き出す、最初の一手は興奮した相手を宥めてから。

「椿くんのことなんだけど」
「喧嘩したん?」
「喧嘩だったらどれだけいいか!」

勢いづいてテーブルに拳を叩きつけたなまえ、事態は喧嘩よりもタチが悪いらしい。

「椿くんが浮気した!」
「……はあ?」

素っ頓狂な声が三つ部室に響く、椿に浮気なんかできるわけがない、堅物で生真面目なあいつだ、なまえと付き合い出すのにも一苦労だったあの椿に浮気なんていうスキルはない。

そもそも椿は浮気など言語道断タイプだしなまえにベタ惚れだ、密かに結婚まで考えているらしいと、生徒会から情報が流れてきている。(なまえの名前に自分の苗字を書いてみたりしていたようだ)

「いやいやいや、なんかの間違いじゃねえの?あいつに浮気なんて……」
『俺の情報網にそんな情報はない、そんなおいしいネタならとっくに見付けてるはずだが』
「……っ!」
「おいしいとか言うのやめやスイッチ!」

みるみるうちに再び涙ぐむなまえを見てヒメコが慌ててスイッチをしばく。それはそうと、浮気の定義にもいろいろあるものだ、定義といっても実にあやふやで人によって浮気とそうでないかの境界線は、あってないようなもの。

他の異性と会話をしただけで浮気浮気と騒ぐヒステリーな奴もいれば、身体の関係さえ持たなければ放置という放任主義のような清々しい奴もいる。

ちなみになまえといえばどちらというわけでもなく、ごくごく普通の感覚を持っている子なわけで、どちらかといえば椿の方がやきもきしているように思う。(最近みょうじは藤崎とやけに親しげな気が……いやいやみょうじはそんな……待てよもしや藤崎が……おのれ藤崎ィイイ!)

『だとしたら何を持ってして浮気だと思ったんだ?』
「この間、椿くんが話してくれたんだけど……」

確信に迫るべくスイッチが斬り込む、思い出すのも憎々しいとばかりに、渋い表情を見せなまえがぽつぽつ話し出した。

先週のことらしい、開盟学園の創立記念日で休みだった日だ、椿はたまたま母親に頼まれて買い物に出掛けたそうだ、その出先で道を聞かれ、行き先はつばき医院、なんだうちじゃないかと快く案内をした。

年の功は自分と同じだろうか、そう思った矢先に相手から「副会長ですよね?」と尋ねられ、開盟の生徒かと聞けば1年生だと答えが返ってきた。その1年生は自分が具合が悪いわけではなく、祖母が通院しているようでたまたま頼まれて薬をもらいに来たそうだ。

自宅であるつばき医院に着き、1年生にお礼を言われて、いいことをするとやはり気持ちがいいな!と後日椿はなまえにその出来事を話したという。

「なんも問題あれへんやん」
「違う違う、問題はこの後!」
「なんかクイズ番組みたいだな」
『早押しは自信があるぞ!』
「お前ら真面目に聞けや!」

話しを聞いた時はなまえ自身も特になんら気にすることなくその話題はそれで終了、強いて言えば、すごいねーやっぱ椿くん優しいし偉いし好きー!とじゃれついて、椿を盛大に照れさせ、あたふたする姿が最高にキュートだったとか。(や、なんか今最っ高にどうでもええ情報もろた気がするわ)

「その問題っていうのが、例の1年生、女の子でね」
「ほんで?」
「すっごい可愛い感じでさ、例えるならゆるふわロングにしたチェリー君からゲスさを取っ払って、代わりに宇佐見ちゃんの愛くるしさと、ミモリンの淑やかさ、デージーのクールビューティ、時々サーヤのツンデレを全部計算して使い分けする狡猾な女だったってわけ!」

ほう、なるほどわからん。

ひと息で言い切ったなまえにすかさずボッスンが突っ込む。

「要するに計算高い女でその1年生が椿を狙っているんじゃないかっつーことか?」
「狙っているんじゃないか、じゃなくて狙ってんの!」

更に詳しく聞けば1年生は自分のあらゆる要素を武器として椿に猛アタックを掛けているようなのだ、なまえがいる時点で椿はどんなに熱烈なアタックを受けても絶対になびかないことはわかっている。

「使う手が姑息もいいところ!私が椿くんと一緒の時に限ってひょっこり現れて、目の前で眩暈……とか言っちゃって盛大に倒れるんだよ!?」
「ああ、椿は真面目やし、そらほっとかんわなあ」
「それで椿くんがお姫様抱っこして保健室に運ぶって言ったの、本当に具合が悪いなら仕方ないと思う、でもあの女、私に向かって嘲笑いやがった!弱ったふりしてすみませんとか言いつつちゃっかり椿くんの首に腕巻き付けちゃったりしてあの女ァアア!」
「お、落ち着きやなまえ!キャラちゃう、いつもとキャラちゃう!」

浮気、というか突然現れた恋のライバルにやきもき、と言ったところだろう、椿も鈍感な部分があるわけで、普段から何事も穏便に済ませたいタイプのなまえをここまで苛立たせるのだから、その1年生は獲物に対し随分と執拗なタイプなのだろう。

これまでに椿との時間を想像を絶するような横槍を入れられ、妨害され続けたであろうことはなまえの様子から察することができる。

「でもね、ちゃんとわかってる、椿くんはそんな人じゃないって信じてるんだけど、やっぱ時々不安にもなっちゃうんだよね」
「なまえ……」

信じてあげなきゃ、わがままばっかり言って椿くんの副会長としての仕事だったり使命とか、無下にするのは良くないってわかってるんだ。

好きだからほんの些細なことにも気が付く、故に気になってしまうもの、信じきってそばに居ればいい、いつかあの1年生も落ちない椿を諦める時がくるはずだ、それまで我慢すればいい。

「嫉妬丸出しで恥ずかし!でもすっきりした、聞いてくれてありがとね!」

なまえは本心を吐露しながら、まるで自分に言い聞かせるように締め括った。すっきりした、と言うわりには笑い方がぎこちない、ヒメコとボッスンは顔を見合わせて何かいい案はないかと思案。

『突然ですが、さすがスイッチのコーナー!』
「なんやねん空気ぶち壊して唐突に!」
『いろいろと話しを聞きつつ、その狡猾計算女子とやらをリサーチしてみますた』

きらりとレンズを光らせ合成の音声がおどけた調子で軽快にしゃべる、呆気にとられたメンバーを差し置いてスイッチは口角をぐっと吊り上げた。

『七海かなみ、1-A、特技は家事全般、その他詳細は省略、難攻不落と噂された前生徒会長をも中学時代に落としかけた経歴を持つ、本性はひた隠し、興味のない相手に言い寄られても嫌味なくスルー出来るスキルもある、多種多様なキャラ作りに余念がなく落ちない異性ほど執念深く追いかけ撃ち落とす、恐ろしく計算高い女だ』
「こっわ!ナニソレ超こええ!めっちゃ可愛いんだろ?知らずに狙われてたら俺ウッカリ落ちちまうんじゃ……」
『ボッスンなら心配いらない、彼女が狙うのは才色兼備、家柄等が飛び抜けている奴だけだ、恐らく椿は家が病院だから狙われたんだと思うぞ』
「あ、そう……」

スイッチの情報になまえからは表情が消えていた、我慢にも限界がある。

「私、椿くんの家が病院だから椿くんを好きになったんじゃない、椿くん自身が好きなのに、なんだろう、今すっごい腹が立ってる」
「アタシもスイッチの情報聞いてメッチャ苛々してしゃーないわ」

女子のお怒りは部屋の空気を一瞬にして凍らせる、ヒメコが勢い余って飛び出さないうちに事態を収束させねば死人が出かねない、今回全く役に立たなかったボッスンを尻目にスイッチはパソコンのキーを叩く。

豪華なファンファーレがスピーカーから流れ出したかと思えば部室の扉がいささか荒々しく開けられた。

「浮気であると思われても仕方がない!だが僕に他意もやましい気持ちもない!」
「つ、椿くん!」
『なまえがここに凸して数分後に一応呼んでおいた、本心ははっきり本人に伝えた方がいい、迷惑だとか重荷なんてことは相手が決めることだ、なまえが本気で椿を好きなら全部ぶつけるのが筋、相手もそれを望む性格だと一番良くわかっているのはなまえだろう』
「不本意ではあるが笛吹の言うことに賛同する、僕の軽率な行動でなまえに心配を掛けてしまったのは非常に心苦しい」
「つば……」
「はっきり言ってくれてよかったのに、不謹慎かもしれないが僕は嬉しかった、みょうじがこんなふうにヤキモチを焼いていたなんて」

照れ隠しに軽く笑った椿、ほとんどの会話を聞かれていたことに羞恥から言葉の出ないなまえ。凍りついていた空間は妙に甘ったるく様変わり。

「すまない、手間をかけたな笛吹、今回ばかりは礼を言う」
『ウフフ、おっけー!貸しひとつだヨ!』
「……後は僕達で話し合って解決する、行こうみょうじ」
「え、あ、う、うん」

半ば引きずられるように連れていかれるなまえが遠くからみんなありがとねー!と叫ぶ声が微かに聞こえた。

「ほんまに嵐みたいやったなあ」
『これにて一件落着』
「いやあ、よかったよかった!」
「ボッスンなんもしてへんやん」
『役立たずぅ』
「……すんませんっした」


クシ

6thフリリクサルベージ
20131111
 / 

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -