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二重人格と言っても、自分たちの場合は少し事情が異なっていると常々思う。

二つの人格がひとつの体を共有しているのだ、どちらかの人格が表に出ている時、もう片方は眠っていると大抵の人は思うだろうが、それは違う。どちらも常に起きていて、見るもの感じるもの全てをリアルタイムで共有、実感している。
ただ、どちらの要素が強く表に出ているか、と簡単に言えばこうなるのだが、実際は裏表などとそう単純なものではない。もっと複雑で、こればかりは言葉だけでは説明が難しい、当事者になってみなければきっとわからないことだ。

前置きはこのくらいにしておこう、この話はさて置き、突然集まってもらったのは他でもない、初恋の話を少しだけしたいと思ってね。


「赤司が寝言を言いだしたのだよ」
「なあにー?寝言ぉ?」
「恋バナッスよ恋バナ!」
「……ぐー」
「青峰くん、あからさまな寝たふりはずるいです」
「……さて、明日の朝日が拝めなくなる順番くらいは君たちに決めさせてあげるけど、辞世の句は考えてあるかい?」
「ちちち茶菓子でも用意すべきだったのだよ!」
「わーぱちぱちぱちー(ちょー帰りたいし……)」
「(紫っちめっちゃ棒読みー!)あ、赤司っちの初恋ッスか!なんか初々しいッスね!」
「……くかー」
「青峰くん、瞼に目を描いて寝たふりは至近距離だとだいぶ厳しいです」
「うん、興味を持ってもらえて嬉しいよ、じゃあ話させてもらおうか」


俺と僕の初恋は幼少期にまで遡る、既に俺も僕も存在していたのだが、僕は俺の中だけに存在して表には滅多に出ない、言わば影のようなものだった。家柄が家柄なだけあって、父の教育方針にプレッシャーとストレスを解消しきれないほど受け、耐えきれなくなったことでいつしか俺と僕の、二人の赤司征十郎ができあがった。

どちらが、というよりどちらも歴とした赤司征十郎であって、俺と僕は二人で一人、受け止めきれないプレッシャーとストレスを二人で半分ずつにすることで、俺も僕も壊れずにこれたのだ。

ああ、少し路線がずれてしまっているね。そう、初恋の話だ。あれは父の会社が主催したパーティでのこと、周りは赤司家に媚を売って取り入ろうとする意地汚い大人ばかり、どうしようもなくつまらないごますり、富や権力の自慢話にほとほと呆れ、幼い俺と僕でもここの雰囲気は反吐が出そうなほどの嫌悪感を抱いていた。

俺と僕の他に子どもは見当たらず、ごますり共はいずれ赤司家を継ぐであろう俺と僕にまで取り入ろうとしてくる始末。あわよくば、なんてことはないというのにね、俺と僕は適当に彼らをあしらいすり抜け、パーティ会場をこっそりと抜け出した。

嫌な気分だ、早く外の空気が吸いたい。

会場を出てエントランスホールへと広がるように階段がある。重厚で分厚いチョコレートのような扉の向こうには広大な迷路の庭園が広がっていて、俺と僕は庭園にベンチがあったことを思い出し、そこでしばらく時間を潰そうと考えていた。

この淀んで薄汚い空気から解放されたい一心で、小走りに階段をおりていく。幼かった俺と僕には階段の手すりなど手が届くはずもない、気を付けておりていたつもりだったのだが、無意識のうちに注意散漫になっていたんだろう。

片足が階段から浮いた、踏み外したのである。


「……っ!」


前のめりになり、全身が浮く。
落ちる!せめて迫りくる衝撃から少しでも身を守るために、両手で頭を庇い目を閉じ硬くなる。一瞬どちらが上でどちらが下なのかがわからなくなった、死にはしないがある程度の痛みは覚悟しなければ。


「うひゃああ!」


存外近くで奇声が聞こえた、どこも痛くない。変な感じだ、薄っすらと目を開けてみると見上げた先にぱちくりと瞬きを繰り返してこちらを見つめている双眼と視線が絡んだ。
今の状況?見知らぬ女の子(俺と僕よりも頭ひとつ分大きい!)に、いわゆるお姫様抱っこをされている、と認識した。これはどういうことなんだろう。


「び、びっくりした……お庭から戻ったらおひめさまが階段から落ちてくるんだもん」
「……は?」
「お怪我はない?おひめさま」


……きゅん。
な、なんだ今のは。背の高い女の子(歳はそう変わらなそうだ)にお姫様抱っこからそっとおろされ、頭のてっぺんからつま先まで確認された後、指先が頬を滑った。きゅん。あ、まただ。


「……あ、の、ありが、とう」
「いーえ!じゃあわたし戻んなくちゃ」
「あっ!待っ……!」
「階段はあぶないからね、気をつけなくちゃ、またね、おひめさま!」


お姫様呼ばわりは気に食わなかったが、不覚にも俺と僕はときめいたんだ。最初で最後の初恋、結局名前も何も聞けずじまい、それこそ一生の不覚というものだったよ。
うん?赤司っちにも好きな人の一人や二人だって?嫌だな、初恋は最初で最後と言ったじゃないか、彼女こそ後のなまえだよ。何をそんなに驚いているんだい?

ああ、彼女の家柄?赤司ほどではないが有数の名家さ、彼女自身なるべく気兼ねなくしたいからってなるべく家のことは伏せている。同じ苗字が多いから、伏せておくのは容易いだろうね。あ、これは言ってしまってよかったのかな?まあいいか。
とにかくすぐに彼女を探したさ。血眼になってね、小学校に入ってたまたま再開できたのは本当に幸運、運命としか言いようが……うん?ああ、なまえは覚えていなかったみたいでね、あの時のことをいつか思い出してくれればって思うけれどあえて言うつもりもないよ。

だって、照れてしまうじゃないか。お姫様抱っこをされて見つめ合った瞬間に恋に落ちた、なんて言えないだろう?


「何故俺たちには言うのだよ……」
「なんかなまえちんが王子様じゃーん」
「今はやりのオトメンってやつッスか!」
「……」
「青峰くん、起きてくださいさすがにガチ寝はやばいです、赤司くんに刺されてもいいんですか」


うん、そこのミディアムは後でウェルダンにしておいてやろう。さて、話を戻そうか、最初で最後だよ初恋はね。だって俺も僕も、もう何度なまえに恋をし直して惚れ直したことか、彼女以外は視界に入らないんだ。うん?どうしたんだい、みんな。砂を吐きそう?それはおかしいね、黄砂の時期はとっくに過ぎているじゃないか。え?そうじゃない?


「ちなみに聞くが、今はどちらの赤司なのだよ?」
「……さあ、どっちだろうね」


惚気るのも大概にしろください。

20150621
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