WJ | ナノ

おはようの挨拶代わりと言うには随分とヴァイオレンス、荒々しいくて粗暴だと。それでも流れるような動作には一瞬のすきもなくて、うかうかしているとすぐに目の前がブラックアウト。

ナックルダスターのように突出した中手骨頭が突然正面に現れたので、咄嗟に構えて裏回し蹴りでカウンターを取る。中途半端な間合いを詰めてそのまま上段回し蹴りを喰らわせようと、当たる寸前、相手の耳の横でぴたりと足を止めた。


「不意打ちのつもりだったんだけど、見事なカウンターだね」
「……なんのつもり?」
「実は、敦から君は蹴り技が得意だと聞いてね、実際に見てみたくなったんだ」
「……くだらない」
「くだらなくないさ、実に見事だったよ!」


不意打ちのストレートを繰り出したのはクラスメイトの氷室だ、教室に入るなり突然仕掛けてくるものだから、他のクラスメイトがなんだ喧嘩か?と好奇心を滲ませながらさざめき立つ。

陽泉の王子様、と持て囃される容姿の端麗さとそれに見合う(はたまたそれ以上?)振る舞い。この氷室というクラスメイトはいわゆるイケメンであり、俗に言うモテる男だ。


「勘弁してよ、氷室はただでさえ目立つんだから突然の喧嘩みたいなことしてたら私まで目立つでしょうが」
「そうかい?教室の中だし平気じゃないか?」
「あんたのファンの情報網ナメてんの?ちょっとでも何かあればすぐ広がるからね」


モテる男というのは恐ろしい、本人ではなく外野、熱狂的すぎるファンが。
例えば氷室が「最近チロルチョコにハマった」と何気なく言ったとしよう。これは例えばの話であって、氷室が本当にチロルチョコにハマるかどうかの真偽は不明である。
すると氷室が何気ない発言をしてからものの数分でチロルチョコを持った女子が群れをなして氷室へと邁進してくるのだ。「氷室くん甘いもの好き?」「氷室くんお腹すいてない?」「あっ、そうそう丁度昨日チロルチョコに新作出たんだよー偶然気になって買ったの、あげる!」

氷室ネットワークとでも称しようか、氷室の好み、最近のブーム、あらゆる氷室情報がファンの間で飛び交い常に最新の情報が何気ない日常から流れていく。プライバシー?何それ美味しいの?


「俺はそこまでされるほど自分がかっこいいとは思っていないけどな」
「その謙虚さがファンにはたまらないらしいけど私からしてみればただの嫌味」
「はは、厳しいな」


本当に自覚がないのか、理解している上であえて謙虚になっているのか、後者であればドン引きだけど別に全く興味がない私にはどうだっていいことだ。とにかくこいつは自分に関する情報が出回る速さを全然わかっていない。

……多分、そろそろだ。


「なまえちーんっ!」


ほらやっぱり……来た。


「敦、そんなに慌ててどうしたんだ?」
「どーしたもこーしたもないし!室ちんがなまえちんと喧嘩してるって聞いて!いくら室ちんでもなまえちんになんかあったら捻り潰すかんね!」
「Please wait,Please. 敦、俺たちは喧嘩なんかしちゃいない」


おやおや心外だ、なんてわざとらしく肩をすくめてアメリカナイズ気取りかこいつ。じとりと冷めた視線を送ってやれば、困惑した表情で見つめ返される。そこにすかさず敦の巨体が割って入り込み、庇うようにして立ち塞がった。


「なまえちんほんとに怪我ない?どこも痛くない?」
「だから喧嘩なんかしてないって言ってるでしょ」
「そもそも敦は俺たちが喧嘩してるって誰に聞いたんだ?」
「クラスの女子、きゃーきゃーうるさくて、おれ、いてもたってもいらんなくて」


のらりくらり、いつだってマイペースを貫き通すくせに珍しく慌てて来たらしい敦に面食らう、たかが幼馴染だというのにどうしてこうも必死になってくれるのか。自惚れてしまいたい衝動に駆られても、違うそうじゃないと内心首を振る。
敦は昔から気まぐれで自由奔放じゃないか、今回だってたまたま……きっと氷室のことも止めにきたんだ。同じバスケ部の大事な選手だし。怪我でもされたら事だ。

私のためだけじゃない。


「あーもーなまえちんの大事な体になんかあったら困るしー」
「困るって……私の体なんだから別に敦が困ることないんじゃ……」
「困るし!だってなまえちんは将来おれとの赤ちゃん産むんだからさあ、確かになまえちんの蹴り技は強いしかっこいいし蹴られんのはやだけど見るのはすき、だからあんま無茶すんのはやめてよねー」
「……」
「敦は本当になまえが大好きなんだね」
「だから室ちんくどいってば、ずーっとそう言ってんでしょ」


むぎゅぎゅーと口で言いながら覆い被さってくる敦を押しのけることも忘れ、呆然と立ち竦む。私が何を産むって?本当に敦は私が、何?
今頃気付いたけれど、他のクラスメイトたちからの冷やかしやら口笛やらが耳に刺さる。それでも私の頭は情報の処理能力が著しく低下しているようで、言い返すことも身動きを取ることすらも忘れてしまったらしい。


「なまえちん?」
「……な、んで?」


ようやく絞り出せた一言、全てにおいての疑問の問い掛け。嘘だ、そんなはずない。私と敦はただの幼馴染、そうでしょう?敦の口にする「好き」は家族間にあるような感情であって男女のそれではないはずだ。


「なんでって、おれ昔からずーっと言ってるんだけど、なまえちんのことが好きって」
「う、嘘……だって敦は、敦は……」


昔に言ってたじゃないか、私なんか興味ないって、ただ一緒にいるだけだって。そう言ってたじゃないか、今更改めて言われたって信じられるわけがない。


「敦、教室に戻って、もう授業始まるから」
「はあ?やだし、なまえちんなんか様子が変だから心配」
「戻って」
「ぜってーやだ」


今頃本気だなんて言われても遅すぎる、私の気持ちを先に踏み躙ったのは敦の方なのに。どうしていいのかわからない、全然わからないよ。
いつだってそうだ、好きっていう感情を押し殺してきた私に敦は無遠慮に好きだ好きだって。人の気も知らずに。


「戻れって言ってるでしょ!敦は私といて楽だから好きなだけで他意なんかないよね、私なら多少行きすぎたわがままでも通るもの、お世話だって何も言わなくてもしてくれるからそばにいるんでしょう?体のいい都合のいい女ってやつかな!」
「は、ちょ、なまえちん……なに言って」
「人の気も知らないで!」


敦が教室に戻らないなら私が帰る、近寄ってくる敦を突き飛ばして教室を飛び出した。あーあ、皆勤賞はもうこれでだめだなあ、なんてどこか冷静な自分が薄っすらと呟いていた。

20160521
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